「ワークショップの報告」カテゴリーアーカイブ

アレクサンダー・テクニークを使った音楽大学での授業

今は夏休み中ですが、国立音楽大学で「音楽家のための心身論」という授業をやるようになって3年目になりました。
前期と後期、週1回、それぞれ計14回の授業をやっています。
「心身論」と言っても言葉で理論をしゃべるのが中心ではなく、少人数で参加型、実践中心に行っています。実践をとおして、心身に関する考え方を身につけてもらえたらと思っています。

定員20名で、学部全体の各専攻からの3、4年生の希望者から抽選された学生が対象。ピアノ、声楽、弦楽器(ヴァイオリンなど)、打楽器(ドラム、ティンパニなど)、管楽器(トランペット、フルート、トロンボーンなど)などを演奏される方々です。

椅子を円座に並べて、一方的に講師のほうを向くのではなく、
お互いの顔が見える形でまず座ってもらって授業ははじまります。
そして、講師の私が問題提起したり、簡単な動きをやってもらったりして、まずは自分の体に対して意識を持ってもらう、というところからはじめました。

illustrated by Pantaya

「心身」のことを考えるときに、まず自分の体への意識を持ってもらうことが必要だと思うので。

それから、それが自分の演奏にどうかかわってくるのかを、実際に授業のなかで演奏してもらったりしながら考察します。
さらに、本番の演奏会やコンクールなどのことを振り返って考えてもらったり、ふだんの練習の仕方を振り返ってもらったりします。

授業と授業のあいだの一週間、ふだんの練習や本番や、日常生活のなかで、授業でやったことを思い出してみてください、と伝え、次からは、授業の最初に一人ひとり、気づいたことを聞いてみるようにしました。そのときのみなさんの発言をもとに、その日の授業の内容を変えていったりしました。

でもそれだけではなく、学生が一人ひとりグループのなかで、自分が体や心と演奏の関係について気づいたことを話して、それを聞き合うということ自体が、学生のみなさんにとって意味があったようでした。
あらためてそういう時間を持つことで、ほかの人も同じ悩みを持つことがわかったり、違う楽器を演奏する人でも似たような悩みを持っていると知るのは、意味があることだと思います。専攻が違うと、個人的なことを話し合う機会が意外と少ないということもあると思います。

「悩み」というのは、早く解決すべきものというふうにとらえられがちで、それはそのとおりなのですが、だからといって「悩み」はネガティブなだけのものでもないと私は思うのです。

実践して、実践をとおしての気づきがあるからこそ「悩み」が生まれるわけで、「悩み」を自覚できるからこそ上達し、成長する可能性が見えてくるのです。この授業が、そういう意味で「悩み」に時間を取って向き合う時間になればと私は思っています。

音楽大学には、よりよい演奏ができるようになるために、各楽器の専門家の先生による個人レッスンや合奏のレッスンをはじめとして、多くの専門的なレッスンやクラスがありますが、演奏以前の心身のことを扱うクラスは、今までになかったようで、学生にとって新鮮なようです。

あとから聞いたのですが、一年生の頃からこの授業の噂を聞いて受けてみたいと思っていたという学生が、「最初は正直とまどった。何をしているのか分からなかったし、自分がやっていることは合っているのかという迷いもあった」と言っていました。ほかにも、最初、授業に対して戸惑いがあった学生がいたようです。

その学生は授業が進むうちに、「自分の体は自分のものであるということに気づいた」「自分の体なのに、こんなにも自分の体のことを分かっていなかったということに驚いた」「今まで当たり前だと思っていたことを再認識することができ、何をするべきかというのが明確になった」と思うようになったといいます。

私の授業では、姿勢に関しても、歌うときや、演奏するとき、体のどこを使えばいいのかということについても、一つの答えを提示することはありません。
情報提供として、体がどのようなデザインになっているかという話を、図解や、骨格模型を見せたりしながらすることはあります。私が体に手で触れることによって気づきを増やすサポートをする時間もあります。また、演奏をしてもらって、「このことを意識に含めてみたらどうでしょう?」と、提案することもあります。でも、それらはすべて、あくまで提案であって、最終的にどうしたらいいのか、ということについて、私が答えを言うことはありません。

大事なのは学生一人一人が自分で気づくようになることだと思っています。一人ひとりの癖や傾向は、一人ひとり違いますし、その人の状況も、やろうとしていることも、一人ひとり違います。今日のその人と、一週間後、一か月後、一年後のその人も違います。
学生さんが今後、演奏活動を続けて行ったり、社会に出て行ったりして、いろいろな刺激に向き合っていくときに、自分で気づいて、改善策を見つけていけるための基礎に、この授業が役立っていればいいなと思います。

それは学生さんだけでなく、ふだんのアレクサンダー・テクニークのレッスンでも同じように考えています。なので、「こういう場合は、こうしたらいい」ということは、なるべく言いたくないのです。(実践しやすくするために、それに近いことを言う場合もありますが、あくまで実践のための材料で、ヒントだと思ってもらえたらと思

illustrated by Pantaya

います。)

 

この大学での授業は毎週、14週続きであるので、学生にとって毎週、気づきをもって実践してみる機会になって、そうすると学生さんたちの変化や成長が、私からも見ても目覚ましく、本人たちもまたそれを実感しているようです。

変化や成長の中身は人それぞれ、腰痛や肩こりが起こりにくくなったという身体面での変化を感じた人もいれば、出したい音を出すときの体の使い方がわかってきた人、本番で緊張に対処できるようになった人、それぞれです。ほかの受講者のことも「最初に比べて自分を出すことができているようになって、雰囲気が明るくなったなあと感じる」という意見も出て、そうやってお互いに学び合う場になっていることが、何よりよかったです。

以上、アレクサンダー・テクニークをもとにした音大での「音楽家のための心身論」の授業についてでした。長くなってしまったので、さらに授業の具体的な中身についてはまた後日書きたいと思います。

註:本文のイラストは、大学の授業のテキストにもなった、著書『演奏者のためのはじめてのアレクサンダー・テクニーク』のために、Pantayaさんが描いてくださったイラストを転載させていただきました。

アレクサンダー・テクニークlittlesoundsでは、東京と神奈川で週3日づつ個人レッスンを行っています。

音大生や音大受験生、プロやアマチュアの音楽家(クラシック、ジャズ、ポピュラー、民族音楽etc)、音楽の愛好家の方々、そして音楽とは無縁の方で自分ともっと楽につきあいたい方、痛みを軽減させたいという方、など、さまざまな方がいらしています。

レッスン・スケジュールとお申し込みはこちらです。お問い合わせもお気軽にどうぞ。

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楽器の音が変わる/楽器の重さが変わる(ワークショップ報告)

きのうは「手を使うことと体全体」をテーマにアレクサンダー・テクニーク講座を行いました。

楽器を演奏する方が何人かいらっしゃいました(ビオラ、ギター、太鼓)。

「『アレクサンダーテクニークやると音が変わる』って聞きますけど、そんなことがあるんですか?」

と、初心者の生徒さんに聞かれたので、
そういうことも、よくありますよ、と言いつつ、
あとは実際にやってみて、みなさんに判断してもらうということに。

講座では、基本的なことをみなさんでやった後、後半、それぞれの方が気になっていることや、今とりくんでいることをやる時間。

ビオラとギター演奏も、順番にしていただきました。
まず一回弾いていただいて、
気づきが薄いところの気づきをうながしたり、動きを止めているところの動きを思い出したりするために、軽く触れてサポートしたりした後、
もう一回弾いていただきます。

ご本人たち、より楽しそうに、より楽そうになって、
聞いてる方も、「ぼんとに、音が変わりますねえ!」と。

体全体、自分全体を使えるようになると、音、変わりますね。

(註:変化は、その人、状況によって違うので、いつも違いが聴いて明確にわかるとは限りません。わからないくらいの違いであったとしても、それがのちに意味を持ってくるというケースもあります。)

太鼓の方は太鼓を持っていらしてなくて、エアー太鼓を叩いていただきましたが、まるで音が聞こえてくるようでした。

それから、楽器奏者でひそかに悩んでいる方が多い、
「楽器をケースにいれて肩にかけて運ぶ」ことをやりました。
「本当に重いんですよ~。持ってみてください」なんて言いながら…。

ワークしたあと、
「帰りが憂鬱だったのが、帰れそうです」
と、笑顔になってらっしゃいました。

実際にそれなりの重さがあっても、自分を固めたり身構えたりすることが少なくなると、不思議と思われるかもしれませんが、重さの感覚も変わるものです。

ほかにも、力の使い方、合気道とアレクサンダー・テクニークとの共通点、人前で話すときの緊張について、など、いろいろな課題や、話題が出てきて、お互いに楽しく学びを深める時間になりました。

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報告:声を出すこととアレクサンダー・テクニーク講座

きのうは、声を出すこととアレクサンダー・テクニークのワークショップでした。

9名の方がいらしてくださいました。歌を歌う方や、話すときの声について興味がある方などです。

歌は、いろんなジャンルの歌を歌っている方々が集まりました。

声楽、合唱、ミュージカル、ポピュラーの弾き語り、、
声の出し方はさまざまです。
発声について、あえて意識しない歌い方もありますね。
どれもそれぞれ、よさがある。
でもここでは、専門的に学ばれている方も、そうでない方も、声楽やボイストレーニング以前のところ、
自分の体全体を邪魔しないで声を出す、ということを、
ゆっくり動くことや、私が触れることや、ふだんと意識のしかたをちょっと変えることをとおして、見つけていきました。

そして、ひとりひとりが持ってこられた歌を歌い、本を読んでいただきました。
2時間半で9人、全員、歌ったり人前で話したりしていただけるかな、
本当は一日かけてやる内容だったかも?と、ちょっと心配したのですが、ちょうど時間内に全員やっていただけました。

「グループワークは、ほかの参加者が目の前でみるみる変わっていくのを見られるのでとても楽しい。
朗読の彼女も、歌のあの子もグンと良くなって、いつもながらびっくり。先生のサポートがまた的確なんだなぁ」
。とは、参加者のYさんの弁。

変化を実感していただけて、よかったです。
ご本人が歌ったり声を出したりしているときも、聴き手になっているときも、みなさん気づくこと発見することがそれぞれあったようです。

とにかく、人それぞれの存在感があらわれる声を聴けるのは、よいものです。

参加者Mさんは、

「普段、細部ばかり意識してしまって(歌なら喉とか、歩く時は足とか、作業する時は手とか…)全体性を忘れがちでした。体の繋がりを思い出して、体がニュートラルな状態で、どう動くのか、全体性を意識しようと思いました」とのこと

私が大事だと思っているところを、とらえてくださり嬉しいです。全体性を意識することで、変わるところがたくさんあるのですね。

Mさんは、体がゆるんで、帰って夕方から翌朝まで爆睡されたそうです。(ほかの方からも、似たような報告をいただきました)。

緊張したり、ゆるんだりすることを繰り返しながら、きっと人は生きているのでしょうね。

ときには、なかなかゆるまないこともあるかもしれない。
でも、緊張していても、そこからゆるむことができることを知るきっかけがあれば、
だんだん、ゆるむきっかけを、自分でつかめるようになってくる。
それは体のどこかに気づきを向けることかもしれないし、また別のことかもしれない。その人、そのときによって…。

そうして緊張とゆるむことの波乗りをしやすくなっていくのだと思います。

そうなると、舞台や、人前で緊張することも、あまり怖くなくなってきます。

別の参加者の方は、歌い始めようとしたときにすごく緊張していたけれど、歌い始めたら気持ちよくなってしまったと。
それは慣れないことだったようで、その人はそこでいったん止めてしまったのですが、
もう一度、気持よく歌うことにOKを出してもらって歌っていただきました。
とてもすてきな歌でした。

ボイストレーニングを受けようかなと思っている方には、その前に、あるいはボイストレーニングと並行して、よかったらアレクサンダー・テクニークで、自分全体で声を出すということをまず学んでみることをお勧めしたいなと思います。

次回の声とアレクサンダー・テクニークのワークショップは
東京は8/18(土)に
行います
また個人レッスンでも同じテーマで行うことができます。

アレクサンダー・テクニークlittlesoundsでは、東京と神奈川で週3日づつ個人レッスンを行っています。
レッスン・スケジュールとお申し込みはこちらです。
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庭作りとアレクサンダー・テクニークの共通点(北名古屋市のingreenさんでATワークショップを終えて)

北名古屋市のingreenさんにうかがって、アレクサンダー・テクニークのワークショップを2日間、してきました。

ingreenは、庭師さんの松田りささんのお宅です。
名古屋のなかでも古い町並みが残る町で、
線路際に沿って見えるお庭は、通る人々の目を楽しませて、開放的なのに、中に入ると、自分たちはうまく隠れるようになっている。開放感と、守られている感じが絶妙に、同時に得られる空間です。

木々は元気で、春の花たちは、紫の花を中心にかわいらしく咲いていました。
奥には畑があって、いろいろな果樹、野菜、ハーブ、お花が少しづつ、混ざりながら生えている自然農。多様な植物たちが共存している様子が、なんともすてきです。

そんな場所でのアレクサンダー・テクニーク。
まずは部屋の中でのワークの後、みんなでお庭に出て、
薪ストーブ用の重い薪や、植木鉢を持ち運ぶことをやったり、
隣りの神社のところを歩いたり走ったりしました。
力を使うことも、よぶんな力が抜けて体全体でできると、いかにラクにできて楽しいか、味わっていただけたようでした。

また、目に見えるものが、ラクに、そしていつもより立体的に見えたり鮮やかに見えたりするのに気づいた方もいました。

お昼ごはんも外のお庭でいただき、部屋に帰って、床で休むワーク。それからまた、話すこと、ウクレレと、オカリナを持ってこられた方がいて、それらを演奏するワークなどをやりました。

次の日は、お天気はあまりよくなかったのですが、
木工で木を削ることをやったり、
股関節を手術された方が、股関節に負担をかけず、かがむこと、かがんだところから起きること、車に乗り込んだり降りたりすることをやったり、
スマートフォンを、より緊張が少なく見ることができるか探究したり、
それぞれの方の課題に取り組み、それを、ほかの人たちも参考にして、自分自身に生かしてみる。

そんなふうに進みました。
ほとんどの方が、アレクサンダー・テクニークは初体験でしたが、よい体験をしてくださったようで、よかったです。

りささんからは、終わった後、庭作りのことを聞かせていただいたりもしました。
お庭を、そして植物を扱うとき、大事なのは観察で、いつも観察していらっしゃるそうです。手はそんなにかけないけれど、観察はいつもしている、とのこと。
そのとき、どこを見るかというと、
季節が変わったときにどんなふうになるだろうかなどと、今、見えていないものを、見ているそうです。

すてきなお話でした。

あとでそのお話を思い出して、
アレクサンダー・テクニークの仕事とも似ているなあ、と思いました。

アレクサンダー・テクニークで生徒さんに会うときも、大事なのは観察で、こちらで何かをすることは、やりすぎないほうがいい。

立っている人を見ると、動くときどんなふうに動くのかな?
と見ていたり、
動いている人を見たら、もし自分を邪魔するのが少なくなってより自由に動いたら、どんなふうに動くかな?
と見ていたりします。

(ちょうどきのう生徒さんに、「生徒のどこを見ているのですか?」と質問されたのです。それであらためて考えてみたのでした。)

生徒さんに対してだけでなく、自分自身を観察するときも同じですね。

少し先になるかもしれませんが、また、ingreenさんにうかがうことが、今から楽しみです。
りささん、いらしてくださったみなさま、ありがとうございました。

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「『見ること』『見られること』とアレクサンダー・テクニーク講座」を終えて

ポロト湖(北海道白老町)2018/1/31 photo by Yuriko
ポロト湖(北海道白老町)2018/1/31 photo by Yuriko

先週行った「『見ること』『見られること』とアレクサンダー・テクニーク講座」、実は開催前からいつになく関心が高く、早くに満員御礼になっていた講座だったのですが、
「見る」「見られる」というのは本当に幅が広くて…
たとえば人に出会うこと、人前に立つこと、パフォーマンスをすることなどから、本を読むこと、パソコンで仕事をすることなどまで、いろいろなことが含まれていますね。

その幅広いテーマのもとに集まってくださった方に、どれだけ満足していただけることができるかなあ、と、自分でテーマを設定しつつ、ちょっと、どきどきだったのですが、それぞれ、その人に必要なものを持って帰っていただけたようです。

感想をくださった方に了承をいただいて以下に掲載させていただきます。ありがとうございます!

ーー

「『見ること』『見られること』とアレクサンダー・テクニーク講座」をありがとうございました。
終わった後からだが楽で、帰ったら5時間半くらい眠りこけてしまいました。
驚いたのは夕食で、一つ一つの素材の味を強く感じ、いままで以上においしいと感じました。
これまでどれだけ自分の感覚を置き去りにして、力んでいたのか痛感しました。

自分が言葉にしたことや、石井さんと他の方とのやり取りを聞いて、
わたしの頭で考えている「ねばならない」「こうあるべき」には根拠がないとわかり、
いまのところ自分の感覚を信頼できています。
次の日、何人かの知らない人と交流したとき
力むことなく、焦ることなく、自分が居たいように居られました。
自分を信頼することで、相手も信頼できました。

見ること、見られること、また機会があれば参加したいです。

(Y.Sさん 40代女性)

ーーー

「『見ること』『見られること』とアレクサンダー・テクニーク講座」から帰宅して、本を読むとき、肘関節に意識を向けながら動かして本を取ると腕も楽についてきてくれて、脇に程よい空間が生まれました。

それから後頭部に意識を向けながら本の上に目を落として読み始めたところ、いつも後頭部と首の境あたりが固まる感じがあったのですが、それが感じなくなりました。

適当なところで区切りをつけて目を閉じて心に残ったことばを思い出したり、イメージできることはイメージしたりしてみました。

早く内容を知りたいばかりにからだ(首や脇)を固めながら読んでいた時と違って、紙に書いてある文字を通して、内容が立体的に捉えられ、著者と一緒に時間を共有している感覚を感じました。

本を一冊書き上げるにはたくさんの時間がかかりますよね~時には何十年も。一冊の本がわたしの手元に来るまでにも100人以上の人が関わっているとも言われていますね。

これからのわたしの読書の新しい楽しみ方に目を閉じて内容を味わうことが加わりました。急がないで、じっくり味わうのを楽しみたいです。
そうすることによって、目も必要以上に疲れなくなってくるので嬉しい限りです。

疲れは疲れでからだからの大切な「便り」(メッセージ)だと思うので、これをいつでもキャッチできる感覚を持ち続けられるように「気づきのワーク」を生活の中で実践していければと思っています。

ワークショップで自分と違う人の感想をきくとき、いろいろな角度からの受けとめ方があることに気づけるので、とても楽しいです。

私の中での今回のキーワードは「全体を見る」です。今まで、細部をクリアに見ようとして目を酷使していたことに気づけました!

見ること、聞くこと、話すことは体全体とつながっていて、やっとからだが程よい空間を保ちながら立体的になっていることを感じられるようになりました。地に足がつき、支えられていることへの安心感も感じ、メールしながら今、とてもからだが楽になっています。目も楽ですね。

「気づく」ことから、自分の中の世界が少しずつ広がっていくような感覚になりますね。

(Y.Tさん、60代、女性)

ーーー

ほかにも、「人前で演奏する」ことをやってみた生徒さんは、「見られる」ということが課題だったとのことですが、講座の後に、

「演奏するときに自分がどう感じているか、どう考えているか、どうしたいのか、初めてきちんと向き合えたと思います。
自分の考えと向き合うのは、自分一人では難しく辛いのですが、先生やあの場のみなさんのおかげで、何故かとても面白く感じて、すんなりと腑におちました。」

と伝えてくださいました。
まわりのサポートがあるなかで、自分がどう感じ、どう考えているかに向き合うことができ、それを一歩引いて笑える自分に出合う。
そうすると、ほかの可能性があらわれてくる。
そのあとで演奏してくださった音楽は、伝わり方が違っていました。
ご本人にとっても、とても違う感覚だったようです。

そんなことも起こった2時間半でした。

参加してくださったみなさん、ありがとうございます。
次回は3月18日に同じテーマ、「見ること」「見られること」講座の第二回をやろうと思います。興味をもたれた方はリンクをクリックしてお申し込みください。

また個人レッスンでも、「こういうことに興味がある」とお伝えいただけたら、それについて、やることができますので、日程があわない方はそちらもどうぞ。

みなさんとの出会い、大事な問いを一緒に深めていけることを楽しみにしています。

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「やめていく」は、ストイックなこととはかぎらない。その人が「あらわれてくる」こと。(札幌ワークショップが終わって)

北海道・虎杖浜にて、雪見風呂に入りました。氷点下の空気のなかの露天風呂!

札幌のワークショップ、今回新しくいらしてくれた方々と、今までもいつも参加してくださっている方々とのミックスで、あたたかい雰囲気で終わりました。
お昼休みや、終わった後のお茶の時間にも、アレクサンダー・テクニークのことだけじゃなくそれ以外にも共通する興味の対象があることがわかって連絡先を交換しあったりする姿が見られて、やってよかったなあと思いました。

ワークショップのなかでは、

人前でしゃべる
人に施術をする
椅子に座る
椅子に座って楽器を演奏
お能の動き
包丁を研ぐ
リュックを背負う
寝て、休む
足先の探究

などなど、
ふだんなにげなくやっていることや、ちょっと大変だなと思いながらやっていること、
ある人にとってはむずかしいけれど、ほかの人にとっては何も考えずにできること、
そういうことを、まず誰かがやってみて、いつもどおりとは少し違うやり方の可能性を見てみて、それから全員でやってみる。

たとえば頭と背骨を意識しながらとか、そのときどきで、いろいろ…。

楽器演奏や、施術その他の専門的なことの場合、みんなでやってみることはできないし、それどころか、それを見ることもはじめての人が多かったりする。
だけど、その人がパフォーマンスをしてくれるのに立ち会っていると、
一回目、二回目、三回目……技術以外のところで、何か違いが起こっていることがわかる。
何が違うのかはわからないような、繊細な違いだったりするけれど、でも何かが確実に違う。
何か伝わってくるものの、伝わってきかたが違うのがわかる。

それは、専門的でないことをやるときにも、起こる。
ただ立って、壁の注意書きを読むときなどにも。

こういう時に立ちあうのがすごく楽しい。

私はアレクサンダー・テクニークに最初に出会ったころから、これが楽しくて、ワークショップに出続けていたんだったなあ。
それが何に役に立つんだろうかとか、そんなことも考えずに。

参加者の人たちが、お互いが「あらわれてくる」のに立ち会って静かに目を輝かせているのを見て、そんなことを思い出す。

その人のその人らしさ、その人が持っている魅力、才能、
それまでも、隠しているつもりもないのかもしれないのに隠れていたもの、
そういうものが、とっても自然にあらわれてくるときに立ち会うのが。

(本人がそれに気づくのには、少し時間がかかったりもするけれど…)。

努力することで才能が向上することはたくさんあるけれど、
努力の過程のなかで、なにか余計なものまで付け加えてしまうことがある。
そういう何かを、少しやめることによって、あらわれてくるものがある。

アレクサンダー・テクニークはそんな、やめていくワーク。

その「やめていく」は、ストイックなこととはかぎらない。

やめていくことによって、もっと力を発揮できるようになったり、もっとがんばれるようになったり、
やめていくことによって、より自信を持って楽しく続けられるようになったり、そういうことも大いにある。

そんなふうに、
やめていくことによって、増えていくものがある。
ダイナミックないのちの流れとして動いているもの。

あと、アレクサンダー・テクニークの特徴のもうひとつは、
何か刺激になることーー重力とか、荷物とか、他者とか、やらなくちゃいけないこととか、やりたいこととか……そういうものとの関係性のなかで、自分の体や自分自身をみていくやり方であること。

刺激って、邪魔なものだととらえられがちだけど、
そうとも限らない。
刺激になるものがあるからこそ、自分と出会い直すことができるのだ。

北海道・虎杖浜 photo by Yuriko

ワークショップ中に出てきたことばのメモなど…。

・自分をひらたくしてしまわなくていい。

・リュックを持つときに、足先を含める/足先も参加。

・「あわわ」となったとき、自分に戻る時間を持っていい。自分に戻りながらでも、相手の人との関係はちゃんと続いている。

・リラックスした自分のままで、子どもたちと接するという可能性。

・椅子の形や高さに左右されない座り方

・体のことだけを意識するのではなく、手と物が触れ合う感触、物同士が触れ合う感触を体全体で感じる。

・相手に興味を持つことを自分に許す/つまらなくてもいい。おもしろいことを見つけようとしなくてもいい。

・集中したいとき、自分の中だけでなく、場の全体を含めた意識のなかで集中するという可能性。

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樹木も人間も、環境に応じて自分を最適化させている。

もう去年の秋の話になってしまいますが、東京農大で樹木医の三戸久美子さんのお話と、アレクサンダー・テクニークのコラボ「樹木のかたちの読み解きかたとアレクサンダー・テクニーク」講座を行ったときのことを報告したいと思います。

三戸さんの「樹木のかたちの最適化」のお話、おもしろかったです。
木が、光を獲得するために自己最適化をし続けるという話。それは固定されたものではなく、ダイナミックな動きだということ。木は上に伸びていくだけでなく、置かれた環境その他によっては、横にひろがっていくものもあるし、枝をねじったり、石などのうえに乗っかったりもする。そういう「かたちの最適化」が、合理的な成長だというお話でした。

木は倒れかかった自分の体を起こすこともできるということです。

実際に散歩をしていて、そんなふうな木に出会うことがあると、そのダイナミックなたたずまいに感銘を受けますが、あらためて説明を聞いて、写真も見せてもらいながら、

「人間も同じなのではないか?」
と、私は思ったのでした。

人の姿勢としてよく、
まっすぐにしないといけないのでは?
曲がっていてはいけないのでは?
左右非対称だとよくないのではないか?
左右非対称になってしまうような行為(楽器の演奏など)をいつもしていると、いけないのではないか?
などと気にする人がいますが、そんなことはないと私は思うのです。

人間も、環境に応じてかたちの最適化が自然に起こっている。

人間の場合は木のように長い時間をかけて動くのではなく、すばやく動けるのが違いかなと思います。

人間は、瞬間瞬間に、環境に呼応して形を変えているのでは?
それが自然に起こっているのではないか?
木がやってることと同じことを人間もしているのではないかと思うのです。

そこで後半のアレクサンダー・テクニークを使ったワークの時間では、

「自分が刺激に応じてどう動くか、それを信頼をもって見てみる」
ということを心に留めて、

・床においた枝を、自分全体を意識して、少し離れたところから手に取る。

ということをし、そのときの自分を観察してもらいました。
自然に、ひざや股関節や足首の関節が曲がっていくのがわかります。

枝を手にとるとき、使っているのは手だけではなく、体全体なのだということがわかります。

それから、足の下の地面からの力を意識しながら手をあげること。

そして二人組になって、手の平の上に相手の人の手の平を載せて、ひとりが手を動かすと、手をとおしてもうひとりにはどんな動きが自然に起こるのか見てみる、というワークをやりました。

さらに、
・二人組で押し合いっこ(直接的には手で押すのだけど、実は手の力ではなく、重力の力を使っている)
・二人組で、重力の力を利用して、座る。
・葉っぱがたくさんついた重い枝を渡し合う~準備せずに受け取る。(準備したくなるのを抑制する)。

というようなことをやりました。
(葉っぱがたくさんついた重い枝は、朝一番に、農大の内田均先生が農大の校内の木を剪定して運んできてくださいました。)

人間も、刺激に応じて自分を最適化させて動ける自分を信頼できる体験を持つと、ふだんの生活のなかでも、無理せずより自由に動けるようになるのではないかと思います。

そして、木を見るときに、同時に自分のからだのことを思い、より共感を持って見られるようになるかもしれません。

—–

今日はもう年が明けて、冬。
今、うちに植木屋さんがいらして木を切ってくださっています。若手だけれど10年仕事されている方。
これからどんなふうに育っていくかを見ながら切ってくださいました。すっきりしたけど、全然さびしくはならず、むしろ心地よさが増しました。木の理解者の方のお仕事、すばらしいです。

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「つながりの中で生かされること」ワークショップのご感想

1月7日のアレクサンダー・テクニーク・ワークショップ「体をとおして自分に気づき、自分が今いる世界に気づく」のなかで、参加者のおひとりがメイクアップをしたことを、一昨日書きましたが、

当日はそのほかにも、自分のからだに気づけるような、いろいろなワークを行いました。そして、からだに気づきを持つことで、お互いの存在を、お互いがいる空気感を味わう時間になりました。

今回の参加者の方々はみなさん初対面同士だったのですが、
なんだかお互い名残惜しい様子で、終わった後、みなさんと一緒に私も食事しておしゃべりして別れました。
ワークショップの時間も、お食事の時間も含めて、おかげさまで、新春の、いい時間になりました。

参加者のおひとり、Yさん(60代女性)が、感想のメールをくださったので、許可を得て掲載させていただきます。

「今日のワークショップでは、ゆったりと言葉を受けとめることができて、とても充実した時間になりました。

目に見えない部分がどうしても意識から抜け落ち、見えるところだけで頑張っていた自分に気づけました。
体の中の空間を感じることや立体的に感じること、顎の関節の動きに余裕がでることなどから自分の存在が内側から広がったような感覚を味わいました。

また、足の裏を意識すること、足の裏の下の地面が自分を支えてくれる存在であることを体感できたことも大きな気づきでした。

いろいろな知識は忘れていることもありますが、その意味することを実践してわかることで、初めてわかることになるのかなと思いました。
わからないことはわからないままにすることも大事なことだと、そして、わかることというのは知識と実践が一体となってはじめて言えることなのかなと思ったりしています。

「人前で話す」というのが私のテーマで、落ち着いて話せるようになりたいと思っていたのですが、ワークショップが終わってから皆さんと過ごしたときに思ったことは、落ち着いて話すこともいいけれど、大事なのは伝えたいことを多少の力を入れながらでも話してわかってもらえること、通じることではないかということです。

疲れてもOK!かなと思いました。ああしよう、こうしようと計らうのではなくですね。通じればそれはそれでOK。通じなくてもOK。

あの場で一緒に時間を共有できたこと、悩みを抱えながら生きている仲間のつながりに触れられたことによって、わかりあえないことがあったとしてもつながりの中で生かされることを思いました」。

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メイクアップ(お化粧)とアレクサンダー・テクニーク

今年はじめてのアレクサンダー・テクニーク・ワークショップが終わりました。

参加者3人で、ゆったりとした時間でワークできました。

アレクサンダー・テクニークでは、体のことだけでもなく、自分のなかのことを見ることだけでもなく、

「何かをしているとき」に
自分のからだ、自分のなかのスペースを失わないでいられるには?ということを見ていくことができる、
というような話をして、

からだのことを、部分部分だけでなく、全体のつながりとして見ていくことのあと、

実際のその人のお仕事などでやることを、実際にやってみる時間をとりました。

お仕事でメイクアップをしている参加者の方がいらっしゃったので、思いがけず、実際にメイク道具を使って、別の参加者の方にメイクをするシーンもあり。

相手の方にチューニングをあわせて行う繊細な作業なので、自分のことは忘れてしまったり、つい体を固めてしまう、、のを、
地面からのサポートを使い、自分全体で、メイクをする。

メイクをする人も、される人も、ますます生き生きとして、自由さと美しさが出てきたようでした。

見ていた人も含めて、みんな嬉しそうになって、もちろん私も、嬉しくなりました。

その人の本質が現れ出てくるようなメイク、というのがコンセプトとのこと。

私がやりたいアレクサンダー・テクニークと、まさにおなじだな、と思いました。

追記:ワークショップの報告のつづきをこちらに載せました。参加者Yさんの感想も。

 

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「人前に立つときに楽さを見つける」ワークショップのご感想(ビオラ奏者の方より)

先日開催したデビ・アダムス「人前に立つときに楽さを見つける」ワークショップでは、アレクサンダー・テクニークの原理を人前でのパフォーマンスに応用することをテーマに、デビさんとみなさんで一日探究を深めました。

参加者のおひとり、市民オーケストラのビオラ奏者でいらっしゃる生徒さんから、ご感想をさっそくいただきましたので、ご本人の許可を得てシェアさせていただきます。(ありがとうございます。)

ゆりこ先生おはようございます。

先日はデビ先生のワークショップを、どうもありがとうございました。

デビ先生のワークショップで、観客の立場で皆さんのパフォーマンスを聞いていると、サポートを思い出して朗読や演奏をされた時は、より気持ちを動かされました。

聞いているだけで、その方に直接触れていないのに、パフォーマンスされる方とのつながりを感じるのが不思議でした。
みんなで輪になって、膝を緩めたり、固めたりしたワークが、人の距離が離れても起こるのを体験したかもしれないです。

自分が演奏する側になったときは、お客さんはかろうじて視界に入っていましたが、そちらを見ようとか、届けようとまでは意識できませんでした。

今回は逃げたい気持ちではなく、とにかく楽器と楽譜と緊張と一緒にあの場にいたこと、腕の震えを止めようとせずに震えるままにしたこと、が新しかったです。

腕の事は、胴体を少し前へと思うと、少し動きやすくなりました。ゆりこ先生にもよく教えていただいていたのですが、
本番になると、まだ少し後ろにいってしまうんだなと思いました。

腕が震えだすことがレッドゾーンだったというのは、発見でした。

ワークショップの翌日から日曜まで、「曲を区切って演奏を止めて足と床のことを思い出す」練習をしました。

区切りはシフトの前や、フレーズの切れ目などに設定してみました。

やってみると、2小節ごとでも、弾いているうちに、股関節を固めたり、脇を固めたり、体が反ったり、色々していました。

日曜のサロンコンサート本番では、驚きました。

会場はお客さんがすぐ近くにいて、曲の一つは、バッハのG線上のアリアで、静かで繊細で美しく、今までだと最も弓が震える状況です。

今回は弓が震えることなく、練習で区切ったところで、足のことを自然に思い出して、落ち着き直す感じで曲が進みました。

私にしてみると、こんなことが起きるとは本当に思っていなくて、ただ、驚いています。

この練習をしていて、ゆりこ先生に習い始めた頃に教わった、首が痛くなる度に楽器を下ろして頭・首・背中を思い出す、の練習を思い出しました。

痛くて続けられないから止めていたのですが、今思うと、あの時の本番でも、全曲を止まらずに落ち着いて弾けてものすごく驚いたのでした。

あと、デビ先生が、「間違えずに演奏することは出来ないです」と断言してくださったのには、本当に感謝します。間違えることに対する根深い罪悪感が、
ずいぶん軽くなった気がします。

長文で失礼いたしました。
またレッスンでよろしくお願いします。

(アマチュアビオラ奏者、C.N.さん)

デビ先生は帰国されましたが、アレクサンダー・テクニークlittlesoundsでは、東京と神奈川で週3日づつ個人レッスンを行っています。ふだんは石井ゆりこが教えています。興味をお持ちの方はどなたでもお待ちしています。
レッスン・スケジュールとお申し込みはこちらです。
 1/7(日)東京1/28(日)札幌で
アレクサンダー・テクニーク・ワークショップを行います。お申し込み受付中!どなたもどうぞ!
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