「アレクサンダー・テクニーク」カテゴリーアーカイブ

札幌でアレクサンダー・テクニークのレッスンをしてきました。

札幌でアレクサンダー・テクニックのレッスンをしてきました。
今回も、士別病院の診療部長の澤口先生から聞いた、という方が多く、
作業療法士、理学療法士、言語療法士などの方がいらしてくださいました。
音楽の先生もいらっしゃいました。

介護などには、アレクサンダー・テクニックはとても役に立つと思うのですが、
東京では、音楽家にはだいぶ知られてきているようですが、介護関係の方面には
まだあまり、アレクサンダー・テクニークは知られていないようなので、こうして地方から新しい流れが始まってきていることに、なんだかわくわくします。

ひとりの方が、「仕事に生かすためというより自分のメンテナンスのために来ました」と言われ、ほかの方々もうなずいていましたが、結局は自分のメンテナンスができたら、関わる相手の方にも伝わって、大きな違いになると思います。
「自分が犠牲になっても相手のためになれば」というのは、実際はあまりうまくいかない場合が多いようです。
単純な動きをとおしてのワークをした後、介助のときの動き(ひとをおんぶしたり、脚が弱い人を抱えて歩いたり、腕の動きのリハビリを助けたり)を、組になってロールプレイのようにやってみました。そのときの、自分自身の使い方が変わると、相手も楽になる、また、「やらされたり、押し付けられてる感じじゃなくなる」と、言われた方もいました。

正しい動き方をやる、というのとは違うところが楽しい、失敗してもいいのがいい、などと言われました。私も楽しかったです。それは体のことだけでなく、精神的なことにもつながりますよね。

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レッスンの翌日、ダンサーの友人に会いました。彼女は精神病院などでダンスを教えているそうです。彼女は、からだが弱くても、調子が悪くても、だれでも踊れるんだ、ということを大事にしたいと言っていました。(彼女自身、”虚弱体質なダンサー”だそうです。)
精神病院で、自分も踊れる、ということを体験すると、しゃべれなかった人がしゃべれるようになった、というようなケースもあるそうです。

しかし東京ではまだまだ、精神病院でダンスを教えるところは聞いたことがないので(私が知らないだけかもしれませんが)、そういう、おもしろい試みも、地方でのほうがやりやすいのかもしれませんね。あるいは北海道という土地が新しいことにオープンな土地柄なのかな? でも将来的には東京でも、そういう試みが行われていくといいなあと思います。

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石井ゆりこの、アレクサンダーテクニーク千石教室・玉川学園教室のサイトはこちらです。http://www.littlesounds.com

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暑いですねー。

暑いですねー。
今日、家の暑さ対策のために注文した”よしず”が届きました。
それを、さっそく、ベランダに立てかけてみました。
だいぶん、暑さが違います。
日光を遮って、風だけが部屋に入ってくるのです。
今日は30℃を超えていそうですが、冷房なしで、なんとか大丈夫です。
うれしいです!

これは玉川学園の家のほうなのですが、千石のほうも、なんとかもうちょっと工夫したいと思います。

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太極拳とアレクサンダー・テクニーク

シアトルで太極拳とアレクサンダー・テクニックを教えている座間晶子(ざま・しょうこ)さんが来日されたので、先日の日曜日の朝、ワークショップを企画しました。今回は、「太極拳入門」です。幸い、晴れたので、中国の人たちのように公園で円になって行いました。
とても気持ちよかったです。

時間が短かったので、太極拳の「型」にはあまり行かず、立って腕をぶらぶら動かしたりしている気功の時間が大部分だったのですが、そういうことをじっくりやれてよかったです。

晶子さんは、アレクサンダー・テクニックと太極拳の両方の経験を、じっくりご自身のなかで時間をかけて熟成させたのを出してくれます。
アレクサンダー・テクニックの考えを使うと、プロセスがシンプルになってわかりやすいし、それを太極拳という型でご自身の体に落とし込んできた人なのだな、と思います。

また晶子さんは、中国の古典などもよく読んでいる方で、東洋の”心身一如”からだとこころを一つのものとしてみる考え方(西洋では”ソマティクス”と言ったりしますね)について、また、道教タオイズムが中国ではどんなふうに根付いているか、など、いろんなおもしろい話をしてくれました。

日本でも、漢字では見たことがある、中国の四字熟語をいくつか紹介してくださったのですが、字づらを見ただけではわからない、中国の発音の、ほわんとした美しさがわかって、イメージがぐっとつかみやすくなりました。(和風の「漢語」だと、どうしても堅苦しいイメージになっちゃうからね。)

体験としてもとても気持ちよい体験ができたし、話もおもしろい話が聞けて考え
が活性化されて、そのバランスが、とてもしっくりきました。

終わった後で、みんなで近くのおいしいネパール料理屋”天空の舞い”に行って、お昼を食べ、さらにいろいろ話しました。

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西洋医学と民間医療の共存 そしてソマティクスの位置付け

以下のような、講演とワークショップのご案内をいただきました。
「アメリカでは今、すべてを専門家に任せるのではなく、自ら積極的に治療を選択し取り入れようとする一般市民の「主体身体の復権」と呼べる大きな変化が起こりつつあります。」
とても興味深いです。

統合医療とわたしの「からだ」―癒しと健康の出発点を探るー
                ファシリテーター:村川治彦

1993年「New England Journal of Medicine」に発表された一つのレポートが、アメリカの医療を根底から変えつつあります。「これまで西洋医学が認めてこなかった様々な民間の癒し の技法を、アメリカ人の多くが信頼し自ら進んで治療を受けており、それを知らないのは医者だけ」という現実を明らかにしたこのレポートをきっかけに、ア メリカの医学界は西洋近代医学と民間医療の共存を目指す統合医療(Integral Medicine)の道を歩みだしました。

この統合医療では、ヨガや東洋医学、カイロプラクティク、催眠療法、各種のリラクゼーション法などこれまで西
洋医学から無視されてきた様々な実践が有効な治療法として注目を浴びています。

しかし、この統合医療の意義はたんに民間治療の専門家が西洋医学と協力しあう点にあるのではなく、そうした様々な専門家の治療を主体的に選択している一般消費者こそが医療変革の原動力になっている点にあります。
アメリカでは今、すべてを専門家に任せるのではなく、自ら積極的に治療を選択し取り入れようとする一般市民の「主体身体の復権」と呼べる大きな変化が起こりつつあります。

そしてこの「主体身体の復権」には、人間性心理学、トランスパーソナル心理学、
ソマティクスなどこの100年にアメリカで発達したからだとこころの関係
を探る様々なアプローチや心理療法が大きな役割を果たしてきました。

この講演会では、自らの「こころとからだ」への気づきを育むという観点からアメリカ の統合医療の意義を捉え、そこから浮かび上がってくる「主体身体の復権」というテーマをみなさんと一緒に探っていきたいと思います。またワークショップでは、講演会での議論を踏まえ、私たち一人一人が「主体身体」を復権させる方法を、気功やソマティクスなどの身体技法を手がかりに、体験的に探って行き
たいと思います。

(ゆりこ註:ソマティクスsomaticsとは、じぶんの身体と心をひとつのものとして、そして自分自身のものとして、内的に認識するための技法の総称で、アレクサンダー・テクニックもそれに属します。)

●●● 講演会:統合医療と一人称の「からだ」 ●●● 
日時:    6月25日(土) 午前10時―午後1時
参加費:   3000円 (学生2000円)
会場:     アウエイクン (大阪市港区八幡屋1丁目11-1 地下鉄「朝潮橋」駅徒歩5分)
●●● ワークショップ:わたしの「からだ」を探る ●●●
日時:     6月26日(日) 午前 9時―午後5時   
参加費:   10000円 (学生8000円)
会場:     アウエイクン (大阪市港区八幡屋1丁目11-1 地下鉄「朝潮橋」駅徒歩5分)

ファシリテーター:村川治彦(Integral Studies, Ph.D.)
東京大学文学部宗教学科卒。California Institute of Integral
Studies統合学博士課程卒業。サンフランシスコゲシュタルト研究所修了。「か
らだ」と社会や文化の関係を「一人称のからだ」を通して体験的に探る
身体学を専門とする。Association for Transpersonal
Psychology理事。人体科学会、日本トランスパーソナル心理学・精神医学会会員。
アメリカ心理学会心理療法ビデオシリーズ問題別アプローチ監訳
者(日本心理療法研究所発行)Center for East-West Dialogue代表。カリフォルニア在住。

お問い合わせ: Center for East-West Dialogue (イーストウエストセンター)
info@east-westdialogue.org
http://www.east-westdialogue.org

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リカさんと出会い、教え方の違いについて考える

えー、このブログは日付をさかのぼって投稿してみました。

イスラエルからリカ・コーエンさんというアレクサンダー・テクニックの先生が来日して、ワークを受けました。リカさんは2年前まではアメリカのニューヨークに住んでいて、ニューヨークの友人や、私がボストンで習ったトミー・トンプソン氏などから、「こわいけどいい先生だよ」などと、いろいろ噂を聴いていたので楽しみにしていました。67歳になる先生です。

受けてみて、とても興味深かったです。アレクサンダー・テクニックの先生はけっこう個性的な人が多いし、また100年の歴史になるテクニックなので、原理はシンプルなのですが、人によってその解釈の仕方、受け止め方、やりかたなどがけっこう多様なのです。
リカさんのワークは今まで受けたどの人のワークとも違う感じでした。
リカさんはマクドナルドさんという人に習った人なので、「マクドナルド派」と言われたりもするのですが、
いわゆるマクドナルド派の他の先生とくらべても、ユニークな感じがしました。

でも同時に、究極的にはいろんな先生ともやっぱり共通するなあ、とも思いました。

まだ私自身体験が言葉にまとまっていないのですが、ゆっくり消化していきたいと思います。

でも言葉にはまとまらなくても、翌日からのレッスンが、少し、より明快にできるようになった気がして、やはり影響をあたえてくれる先生に出会えるというのはうれしいです。

————
ワークの内容とは少しずれますが、
リカさんの人となりが、なかなか魅力的でした。
「強烈な人」「こわい人」「だけどかわいい人」などの前評判を聞いていて、
たしかにそうなのだけど、それがあいまって、魅力的な人でした。

リカさんは自分の考えをとてもはっきりと表現する。
「アレクサンダーテクニックというのは、こういうものなのだ」
と、それが他の人の考えと相容れなくても、はっきり言う。

なんだけど、自分の考えと違う人を、避けたり排除したり、ばかにしたりしない
人だ。ということを、強く感じました。

だから、ワーク中はリカさんのやりかたでやらなくちゃいけないけど、
自分は自分のままでいていい、という妙な安心感がありました。

もしかしたら、リカさんがイスラエルの人だということも関係してるのでしょう
か?
「宗教だっていろいろあるのだから、ワークに関する考え方が人によって違うの
もあたりまえなのよ。仲良しの○○(AT教師)とも、毎日のようにお互いにワークしあっているけれど、彼だって私と同じようには考えない。それでいいのよ。」
というようなことを言われてました。

それで、かなり違うワークをするトミー・トンプソンとも親友なのだなあ。

それから、「私に習ったからといって、私と同じように教えようとする必要はないのよ。違う人間なんだから、そんなこと、できないし」と、言われていました。
なんだか、そういうふうに言ってくれる先生の存在は、うれしいです。

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ニューヨークから先生が来日!(2)

きのうはアン・ワックスマンさんのレッスンを受けたおかげで、だいぶ、ぼーっとした一日でしたが、おかげで今日はすっきりと、早朝に目覚めてしまいました。ひさしぶりの早起きですが、さわやかです。

きのうのレッスンは、同僚教師の和子さんと一緒に受けました。お互いに教師役/生徒役になって、ワークするところを見てもらおうと思っていたのですが、結局そこまでに至りませんでした。それぞれ自身のワークをしてもらって時間になってしまいました。

アレクサンダーテクニックは「自分自身の使い方」を観るワークですが、
教えることにとっても、
教師自身の「使い方」が、生徒さんに教えるときの鍵になるのです。
教師自身が自分を固めているままだと、生徒も緊張から解放できません。
私自身が「やりすぎ」から離れていくプロセスが、生徒さんに伝わるのです。

自分でそんなにやりすぎていないつもりでも、やりすぎているんだなあ、
ということを、ひさしぶりにレッスンを受けて、あらためて感じてしまいました。

今日もレッスンを受けるので、今日こそはワークするところを観てもらえるかな?

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ニューヨークから先生が来日!

ニューヨークから、アン・ワックスマンというアレクサンダーテクニックの先生が来日しています。彼女はもう20年教えているベテラン先生です。
来日は、3回目ですが、前の来日は9年ほど前でした。

今朝、彼女のレッスンを受けてきました。
なので、ぼーっとしています。

アレクサンダーテクニックのレッスン受けたはじめの生徒さんがよく、「眠くなる」とか「ぼーっとしてしまう」と言うことがありますが、それを、ひさしぶりに体験しています。

アンさんから習ったことについては、できれば後でもう少し書きたいです。

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「教師」という立場

このブログは直接的にアレクサンダー・テクニックについて書くということとは、少し違う方向、でもアレクサンダー・テクニックとつながりはある方向、に展開していっています。
ひとりよがりでなければいいのですが。。
よろしければもう少しつきあってください。

きのう、私にとってアレクサンダー・テクニックを教えてる意味について、
次のようなことを書きました。

誰が何をいおうと、どんな情報があろうと、自分の身体を自分で信頼できる人、
自分の感受性を自分で信じられる人、自分で考えて自分で行動できる、
そんな個性的な大人に、みんながそれぞれなれれば、世の中もっと楽しくなる。

そういう人を育てる教師になるために、考えないといけないなぁと思うのが、
「教師」っていう立場についてです。

「教師」っていう立場は、私が好むと好まざるとにかかわらず、
「生徒」という立場からみて「上」に立ってしまう、ということです。

私なんかはそんなカンロクがあるタイプでもないし、声も大きくないし、
しゃべるのも下手だし、
ワークショップのオープニングではいまだにいつもオロオロしてしまうし、
どっちにしてもそんな「上」に立てるタイプじゃないし、、
と、思ってしまうことも多いのですが、
そんなことに関係なく「教師」として人に接する以上、
「上」に立ってしまうのです。

たとえば教師であるときの私が言うことは、
ほんとはそうじゃないかもしれなくても、正しいことに聞こえたり、とか、
ほかにもいろいろあると思います。

私がもう一つ学んでいるプロセスワークというのがあるのですが、
そのなかでの考え方で、教えるということを考えるときに大変役に立った考え方があります。
プロセスワークでは、そうやって立場によってできてしまう上下関係のことを、
「ランク」といいます。
(逆には生徒の立場は生徒の立場の「強み」があるから、
教師と生徒の両方に、お互いにランクがある、なんて言います。)

そして、
大事なことは、ランクをなくそうとすることではない
ランクは、なくならない
大事なことは、ランクがあるってことを、自覚することだ

と、言います。

このアイデアを聞いたときには、ほんとに、目からうろこでした。

それまでは私は、
「そんな『上』に立つのなんて私はキライだから、
私はそういうタイプの先生にはならないよ」
という態度だったのです。
でもそうすると、自分では自覚なしに上に立っていて、
自分では自覚なしに人になにかを押し付けているタチの悪い人になりやすいんですよね。
そして、そのことによって相手(この場合では生徒さん)が悩んでいても、
「それは、その人の問題だ」という結論にしてしまったりしてしまうのです。

それぐらいなら、自覚的にしっかり「上」に立って、
(別にえらそうにする必要があるという意味ではなくて)
その立場としてどうやって自分と相手を尊重して、信頼できる関係をつくれるか
ということを考えたほうがいい
ということです。

そういうことによってこそ、「教師」も「生徒」も、お互い成長できて、
冒頭に書いたような

誰が何をいおうと、どんな情報があろうと、自分の身体を自分で信頼できる人、
自分の感受性を自分で信じられる人、自分で考えて自分で行動できる、
そんな個性的な大人

に、みんなでなっていけるようになる、と、思っています。

たいへん難しいことですが、
このことについては考えつづけていきたいと思っています。

追伸)
プロセスワーク関係者の方、これを見ていたら、「ランク」について補足とか、
参考本の紹介とか、していただければ、たいへんうれしいかも?

また「セルフラーニング研究所」の平井雷太さんの考え方にも、
たいへん参考になり考えさせられるものがあります。

本の玉手箱
「新・子育て廃業宣言」
セルフラーニングシステム」とは、一言で言うと”教えない教育”である。

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私がアレクサンダー・テクニックを教えてる理由

『キラーブランドの始まりは、路地裏のお店から』という本を読んで、
自分がアレクサンダー・テクニックを教えてる意味について考えました。

この本は東海地方の若者男子に大人気のメガネブランドのオーナーが書いた本で、自分の会社や商品を、どう「ブランディング/ブランド化」したかについての本です。
東海地方とか若者男子のファッションとか「ブランド化」とか、私には関係ない世界だなと思ったのですが評判になってる本みたいだったので読んでみたら、
すごくおもしろかったし私にもとても関係があった!

「ブランディング」とは、「らしさ」を追及することだった。

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ルシア・ウォーカー・インタビュー2003年5月8日 東京にて はじめに

ルシア・ウォーカーさんと。photo by Tomoko Uehara ルシア・ウォーカー(Lucia Walker)さんに私が最初に会ったのは、教師養成コースでトレーニングを受けていた最後の年、卒業する少し前の1999年の6月でした。そのとき彼女は始めて来日して、3週間、私たちのコースのゲストの教師として来られました。評判ではルシアは、ご両親もエリザベスとディックというアレクサンダー・テクニークの教師で、しかもそのご両親はF.M.アレクサンダーから直接習った先生のうちの数少ない生き残りということで、「なかなかすごい人らしい」という評判でした。

 会ってみたら、おどろくほど「ふつうの人」というか、等身大の人というか、生徒たちのなかに紛れてしまうほど、自分を特別に見せない人でした。しかし3週間ほぼ毎日会ううちに、彼女が教えるときとても明確な意図を持っていて、それを、その人にそのとき必要なだけ明確に伝えてくれるすばらしい先生だということがわかってきました。。そしてそれを、特別なものとして伝えるのではなく、ひとりひとりが使えるものとして教えてくれる先生でした。

 ルシアは、コンタクト・インプロビゼーションというダンスを踊り教えるダンサー/ダンス教師でもあります。彼女はその経験も生かして、瞬間瞬間に気づきをもつことと、動きの関係についての、実践的な教え方をしてくれます。

 最初に来日してから、ルシアがほぼ毎年来日してくれるようになったのはありがたいことです。今回、2003年の5月、ATA アレクサンダー・アソシエイツの招きで来日したとき、私の教室にも来ていただき、近くの大塚公園でインタビューもすることができました。インタビューは、通訳のヘルプを兼ねたほかの生徒二人と一緒に木のテーブルを囲みながら、なごやかな雰囲気で行われました。


・その1

「人はアレクサンダー・テクニークについて語るとき、よく『体をとおして全体に働きかけるでしょ』と言ったりするよね。でも私たちが学ぶなかでは『肝心なのは考えだ』とたたきこまれるのよね。さていったいアレクサンダーの入り口はどっちなのかしら?体なのかしら?それとも考えなのかしら?」

・その2

「私は私がやっている教え方が決してだた一つの教え方だとは思っていないし、一番いい教え方だとも思っていないの。それはただ、私がやっているやり方なの。」

・その3

「学び始めた頃、もし自分の癖を取り去ってしまったら、個性というものはなくなってしまうのではないかと、少し心配だったの。でも学ぶにつれわかったことは、よけいなものを取り去るにつれて、もっとはっきりと力強くその人が現われてくるということだった。」

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