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www.littlesounds.com アレクサンダー・テクニーク(アレクサンーダ・テクニック)玉川学園教室/千石教室 The Alexander Technique

 

旅日記


・アイルランド・会議の前の一日半(2001年10月20日,21日)その1
・2001年10月 ニューヨークにて

アイルランド・会議の前の一日半(2001年10月20日,21日)その1

◆アイルランドへ

 ボストン・ローガン空港で、アイルランドの航空会社エア・リンガス(Aer Lingus)のロビーに入ると、そこはもうアメリカではないかのように、がらっと雰囲気が変わった。なんとなく曲線的な体型の人が多い。きちんと並んでいる人が少ない。みんな大きな声でおしゃべりをしていて、ざわついている。そのうるささが、決して嫌な感じではなかった。インフォーマルで、フレンドリーな雰囲気だった。

 機内雑誌を見る。目次のすぐ後に、アメリカの事件についてのAer Lingusのコメントが載っている。港と海の写真がバックで、歴史的にアイルランドからアメリカに渡る人が多かったこと、それで自分たちの航空会社が出来たこと、そして、アメリカン航空で亡くなった職員に対して仲間として追悼したい、また乗客と、その他の犠牲者を追悼したい。今後も、アメリカとの掛け橋として人々の行き来をサポートする仕事をしていきたい。というようなことが書いてあった。事件のあと私は、こういう公式見解では正義をふりかざしたようなものばかり見てきた気がしていたのだが、この Aer Lingusの公式見解はとても心温まる気がした。

 Aer Lingusの機内サービスはとてもよかった。スチュワード/スチュワーデスさん達もみんな感じがよいし、ヘッドホンで聞ける音楽も、アイルランドらしい選曲が、私の好みに合っていた。沢山のチャンネルのなかから選べるアイルランドの映画も、詩情あふれる映像で、好きだった。カトリックの寄宿舎に暮らす少年が主人公の映画と、アニメを見た。ただ、椅子が、私には座り心地が悪く、よく眠れなかった。それを除けば、Aer Lingusはとても感じのよい航空会社だった。


◆シャノン空港

 朝シャノン空港(Shannon)についた。ボストンを夜8時に出て、シャノンに着いたのが翌朝7時なのに、飛行機に乗っていた時間がたったの5時間だった、というのが不思議だ。アイルランドには、明日からはじまるアレクサンダー ・テクニークの会議 (AGM)に参加するために来たのだが、同じように参加する人が空港に誰かいるはずなので、一緒にタクシーに乗って会場まで来るようにと言われていた。が、いくつかの便を待って1時間ぐらい空港で過ごしても、それらしき人は来ない。私はあきらめてバスで行くことにした。バスだと途中のエニス (Ennis)という町まで行って、そこから乗り換えることになる。乗り換え時間が3時間位もある。でもバスのオフィスの女性は全然気にしないように「エニスの町を見てまわるといいよ」とにっこり笑ってくれたので、それもいいかなと思い直した。

 シャノン空港はアイルランドでは首都のあるダブリン空港に次ぐ空港で、アイルランド西部への玄関口だが、空港のまわりには、まったく何にもない。ただ丘が続いているだけだ。日本もそうだけど、アメリカも物や建物であふれているので、そこから来ると、全然違う世界に来たようだ。特に、看板や広告がほとんどないのが新鮮だ。

 飛行機のなかで寝られなかった分、すぐに熟睡してしまった。2時間ほどでエニスに着いた。バス停のまわりは、空港のまわりと同じように何もなかったが、町の中心まで歩いてみることにした。ご飯が食べられるところがあるといいな。


◆財布がない!

 少し歩いたら町の中心に来た。というか、中心しかないような町だった。まわりは何もなかったのに、中心に来るととてもにぎやかで、老若男女の人々が行き交っている。いろんな種類のお店が並んでいる。それぞれの建物がとてもカラフルで、かわいらしい。黄色や薄緑色や薄いピンク色に塗られている。それと共存して、古い石造りの教会やなどがある。なんだかメキシコの田舎町とも少し似ている。道にはストリート・ミュージシャンもいる。アコーディオンと、アフリカのジャンベらしき太鼓を二人組の若者が演奏している。

 観光案内所(Tourism Information)があったので、入ってみやげ物を見た。Tシャツを買おうとしたら、なんと財布がない。バス停に忘れたらしい。観光案内所のおばさんに言ったら、「荷物そこに置いておいていいからすぐに取りにいってらっしゃい」と言ってくれる。ありがたくそのとおりにする。バス停に戻り、財布を置き忘れたらしいトイレを見たが、ない。

 と思ったら、洗面所にいた女の子が、「財布を忘れたんでしょう?」と言って、私の財布を渡してくれた! 私の顔を覚えてくれていた彼女は、事務所の人が持ってきた私の財布の免許証の写真を見て、預かってくれていたようだ。ありがたい旅人仲間だ。

 観光案内所に戻っておばさんに「ありました!」と報告したら、もう一人のおねえさんと一緒に、すごくうれしそうに喜んでくれた。私はうれしくなった。そしてずうずうしくも、世話になりついでに「荷物をあと数時間このまま置かせてもらってもいいでしょうか?」と頼んだ。快くひきうけてくれた。

 なんだかエニスの町が好きになって、3時間だけの滞在では短すぎる気がしてきた。それで予定を変更することにした。今日のうちに会議があるスパニッシュ ・ポイントに行かなければいけない理由はない。会議は明日の午後からなのだから。今日はドゥーリン(Doolin)という町に泊まることにした。Doolinはアイルランド西部の伝統音楽の中心だと、ガイドブックに書いてあったので気になっていた。それにユースホステルが何軒かあるということもわかっていた。Doolinに行くバスは午後6時発なので、午後いっぱいエニスを見てまわることができる。バスは飛行機と違って予約の必要がないので気軽に予定を変更できていい。


◆エニスのカフェにて

 荷物を預かってもらったので身軽に町を歩けてうれしい。ご飯を食べようと思い、にぎわっているのが外からも見える、あるカフェに入った。ランチメニューは売りきれだった。サンドイッチと紅茶を頼む。紅茶はたっぷりのミルクと一緒にポットで出てきて、サンドイッチにはたくさんの具が入って、丁寧につくられている。うれしい。ウェイトレスの女の子が、「いつからここにいるの?」と話しかけてきた。「今朝シャノン空港に着いたばかりだよ」と言ったら少し驚いた様子だった。私がここに住んでいるように見えたのかな? 彼女は「私は3週間前にここに来たの」と言う。どこから来たのか聞くとドイツからだと言う。「えぇ?3週間前にドイツから来てもうここで働いているの?」驚いて私は言った。そんなふうに外国人がよその土地の普通の店で簡単に働けるものなんだろうか。「うん、秋からクリスマスにかけて、観光シーズンになるから、けっこう働く人を募集してるお店はあるのよ」当たり前のように彼女は言う。彼女は4ヶ月間働く予定だそうだ。考えてみるとここは EUなんだ。通貨統合も近いもんなぁ。日本にいるとわからないけれど、ほんとうにここでは国境は少しづつなくなってきているのかもしれない。彼女はなんだかとてもうれしそうに働いていた。

 その後、町の中にある遺跡を見に行った。美しいケルティック・クロスがある。ケルティック・クロス=ケルトの十字架は、キリスト以前からあったらしい。いつどのような理由で人々が十字架を聖なる象徴とするようになったかは、わかっていないらしい。ここの十字架は、ちゃんと確かめはしなかったがそれほど古いものではなかったようだが、それでも美しかった。

 ここで遺跡の説明をしていた青年も、言葉の訛りからして、まずアイルランド人ではなさそうだった。ドイツ人かスイス人かと思われた。こんな伝統的文化財の説明まで外国人にやらせてしまうんだなぁ、と感心した。日本でも、京都のお寺の案内を、タイの人がしたりするようになったら、おもしろいだろうな。

 私自身は古い建物のなかでなんとなく過去とのつながりを感じながら、ぼうっとひとときを過ごすだけで十分満足だったので、詳しい由来などは聞かずに済ませてしまった。


◆Doolinへ

 夕方になったので、観光案内所のおばさんとおねえさんにお礼を言って荷物を受け取って、バス停に戻る。Doolinに行くバスに乗る。夕方のバスは昼間のバスと違って、地元の人もたくさん乗っていた。ふたたび、まわりに木々と原っぱのほか何もない道を走る。道路が舗装されていないところも多く、ガタガタ揺れながら走る。Doolinに着くころにはあたりは真っ暗になっていた。"Doolin!"と言われて下ろされたところがまた、あたりに何も見えない。ホステルまでの道を運転手さんに聞く。「あそこの道をまっすぐ行けばある」と言われても、あそこに道があるのかどうかも暗くて見えない。とにかくバスを降りて歩く。もう一人、バックパックを背負って歩いている女の子がいた。よかった。

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2001年10月 ニューヨークにて

 ボストン滞在中、学校が休みの週末(2001年10月16日,17日)に、バスでニューヨークに行った。ボストンからバスだと4時間。バスでは親子づれの小さい女の子と隣り同士になった。アメリカに来てからよく、街で会った人に声をかけられたので、私もそれを真似して、"How are you?"と女の子に声をかけてみた。でも女の子ははにかんで笑って照れるだけだった。彼女は英語がわからないようだった。英語じゃない言葉で前の席の両親と言葉を交わしていた。後になって女の子は、休憩時間のとき売店で買ったフライドポテトを私に差し出してくれた。「もういいからね」と身振りをまじえて断るまでいくつもくれた。

 いつのまにか高速道路から出て、街の中を走っていた。外を見たら黒人の子どもたちや大人たちがゆったり歩いていて、壁にカラフルな色で絵や文字が書かれている建物がある。Harlemナントカと壁に書いてあった。ハーレム、ニューヨークだ!

 午後1時にニューヨークに着いた。AT教師の佐季子さんと、そのパートナーのマットが迎えに来てくれた。はじめてのニューヨーク。ボストンも同じように都会だけど、やはり街ごとに、住んでいる人たちの雰囲気がどことなく違う。私にはニューヨークの人のほうがゆったりとしている感じがした。休日のせいかもしれないけれど。太ったおばさんとか、鼻歌を歌って歩いている青年とか。

◆世界のどこであっても

 ちょうど、その日は戦争に反対する集会が公園ひらかれるとのことで、それに行くことにした。

 途中、ブレイクダンスを踊っている黒人のグループがいて、人だかりができていた。きれいな身のこなしが素敵だった。屋外アイススケートリンクの前も通った。まだセーターも必要ないくらいの気温だというのにスケートを楽しんでいる人たちがたくさん。リンクを凍らせるのが大変だろうな。

 少し遅れて会場の公園に着いたらソウルフルな歌声が聞こえてきた。トシ・レーガン(Toshi Reagan)だった。アフリカ系アメリカ人の女性ゴスペル・シンガーだ。スピーチをする人たち、歌う人たちが次々と続いた。私にはスピーチも詩のように聞こえた。主張は明快で私にも英語でもよくわかったのと同時に、地に足が着いている感じなのがよかった。望まないことが次々と起こっている状況のなかでも、ただ嘆いたり怒ったりするのではなく、希望を見ていっている人たちがいるということに勇気づけられた。

 メッセージの内容は人によってさまざまだったが、共通していたメッセージは、「そこが世界のどこであっても、殺戮は止めてほしい」ということだった。

 「メディアを信じるな」という言葉もよく聞かれた。

 アメリカでその時期、テレビがついているのを見ると(←自分ではつけなかったが)、私はなんというか、元気がそがれる感じがしていた。次々に出てくる話し手が興奮しながら、テロがいかに恐ろしいものであるかとか、次のテロはもっと恐ろしいものになるだろうとか、そしてそれを力で封じ込める方法について話すのを見るのは、いい気分がしなかった。

 でもメディアに出てくるアメリカ人がアメリカ人を代表していると思う必要はないんだなと思った。「メディアを信じるな」というメッセージが心にしみた。

(後でアメリカの友人にそんな話をしたら彼らは、「私は事件の後、テレビを見ないで、新聞を読むことにしている」とか、「僕はアメリカのテレビは見ないで、イギリスのBBCを見ることにした」などと、それぞれなりに工夫していた。)

 歌う人はそれぞれ、持ち歌を1曲だけ歌った。老齢のフォークシンガーもいた。歳を重ねても、全然枯れていない。(伝説の?)ロック歌手パティ・スミス( Patti Smith)も来た。パティ・スミスは歌う前のスピーチからして、声に力があった。そして「メディアを信じるな。この戦争に反対している人はアメリカでほんの数%かもしれないけど、それでもパワーは私たち、君たちにある!」と言って "People have the Power"という 80年代の自身の曲を歌詞をアレンジし直して歌った。生ギターの伴奏でひとこと、ひとこと、噛みしめながらといった感じに歌った。

 その場に集まってきている人たちは老若男女で、人種も黒人、白人、ラテン系、アジア系、中東系と、ニューヨークの街をそのまま縮めた感じだった。その日に集まったのは3〜400人ぐらいだったか?「今日は小さめの集まりだったけどね、毎週末、こんなような集まりが、大きいのやら小さいのやら、ニューヨークのどこかしらで開かれているから、忙しくてね」と、マットは笑って言った。

◆鈴を持って歩く - War is Not the Answer

 スピーチと歌が終わると希望者は街を歩く。歩く人はちっちゃい銀の鈴を渡された。それを鳴らしながら歩くリズムに合わせて "War is Not the Answer"などとライミングしながら歩いた。ニューヨークの歩道は広いので数人で並んで列になって歩いても他の歩行者の邪魔にならない。道ばたでアクセサリーなどを売っている人や、お店の売り子さんのなかには、手を振ってくれる人もいた。一方、 "War! War!"とこちらをにらみ返して叫ぶ若者もいた。

 行き先はもう一つの公園だった。その公園の真ん中には、事件で行方不明になっている友達の写真やメッセージが、花とろうそくに彩られて飾られていた。行方不明の日本人の写真もあった。メッセージを見ていたら若者が声をかけてきた。「最近はこのメッセージや花が、毎日、朝になる前に公園課の人によって片付けられてしまうんだよ。公園課に対して片付けないように要請しようとしているんだけど、サインしてくれないか?」と言われ、サインした。


◆一日、ニューヨークの街を歩く

 次の日曜日は佐季子さんと、朝から夕方までニューヨークの街を歩いた。佐季子さんの家があるブルックリンから歩きはじめた。「ブルックリンはニューヨークのなかでも特にいろいろな人種が混ざり合って住んでいる地域なんだよ」と佐季子さんは教えてくれた。中近東の人たちの多いブロックも近かった。佐季子さんは、「ムスリムの人に対していやがらせがあるんじゃないかと心配したけど、見たところ変わりがないようでよかった」と言っていた。ただ、おいしいお茶を売っているという中東系の雑貨屋は日曜日のためか閉まっていて残念。

 佐季子さんとは、彼女が東京にいたときからATの先生として、先輩として、友人として、いろいろお世話になったり、話をしたりする機会は多かったが、こうやってニューヨークで話しながら歩くのは、人間はお互い変わらないはずなのに、どこか、とても新鮮だ。彼女は今、フィジカルセラピストの勉強もしていて、今ニューヨークの病院でインターン中だ。

 ブルックリン橋を歩いてマンハッタン島に渡った。橋から崩れたビルの残骸が見え、煙が燃えているのが見えはじめた。焦げるような臭いもしてきた(もう1ヶ月経つのに)。行けるところまで、崩れたビルの近くまで行ってみることにした。あまり近くには近寄れない。ぐるっと回って行ったら、遠くのほうで瓦礫の撤去作業が行われているのが見える場所があった。フェンスで囲ってあり、警察や軍の人が「ここからは入らないで」と言ったり、見に来た人の質問に答えたりしている。ビルの形は残っているけど残骸になってしまっているビルと、瓦礫の山と、煙で中まで真っ白になった車などがあり、白い埃のなかで手作業(!)で瓦礫を車に積み上げている人が遠くに見える。作業をしている人の健康は大丈夫だろうか?

 そこから地下鉄に乗って、2、3駅先で降りたら中華街だった。中華街では今まで見てきた光景とはうってかわって、生き生きと人々が行き来していた。何でもビジネスにしてしまう中国人(?)が、星条旗の柄のTシャツやバッジを売っていた。おいしくて安い中華料理を食べた。それからまたメインストリートに出た。ニューヨークの街にはマクドナルドやスターバックスなどのチェーン店が少ない。個人商店ががんばってる様子だった。そんな落ち着けるカフェのひとつでおいしいカプチーノを飲んだ。

 きのう集会があった公園にまた出た。どこかから歌声が聞こえてくる。行ってみたらレイドバックしたフォーク・ミュージックを演奏しているおじさん達と、ソウルフルに歌い上げる黒人の混ざった不思議なグループだった。「へぇ、おもしろい音楽だね」と思って聴いていると佐季子さんが、「あの黒人のシンガーはいつも、どんなグループが演奏していても、そこに来て混ざってハモって歌っちゃう人なんだよ」と教えてくれた。へぇ、もともとそのグループのメンバーじゃないのか。でも、全然違和感がない。そういう一味違った演奏をする個性的なグループなんだと思わせてしまうものがあった。歌うまいし・・・。そういうハプニングを平然と受け入れちゃうおじさん達の包容力も、すごいなと思った。ニューヨークの街には、どこかそういう力がある。そういうところがとても好きになった。見ていると黒人は、数曲歌って、おじさん達に笑って手を振って去っていった。

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