「アレクサンダー・テクニーク」タグアーカイブ

ギタリストの生徒さんのアレクサンダー・テクニーク・レッスン/必要な力と不必要な力

きのうはジャズギタリストの生徒さんのアレクサンダー・テクニーク・レッスンがありました。今日で10回目のレッスンです。
テーブルワーク(寝た姿勢のワーク)、座る立つのワークなどの後、実際的なワークの時間で、今日は、「速いカッティングに手がうまくついていかない」という課題について見てみました。
今まで、座る姿勢でどう体を使うかということや、腕全体をどう意識して、どう使うかということは、すでにやってきていて、ずいぶん楽に弾けるようになったとのことですが、早いリズムになると、うまくいかないようです。

そこで、
・腕の自由さを保ちつつ、ピックをとおして指が弦を動かす感触を意識してみる
・ダウンストロークのときは、ひじから先~親指のつながりを意識してみる
(腕全体の動きの自由さを見たときは、ひじの外側を意識しましたが、今度はひじの内側です。)
というのをやってみました。
そうすると、より力強いピッキングができ、早く動かしてもリズムが乱れません。

生徒さんは、
「今までのレッスンのなかで、力を入れちゃいけない、ということを意識しすぎていたけど、そうじゃないんですね」
と、言われました。

そうです。必要な力と、不必要な力があるんですね。
そして不必要な力をいれて体を固める癖がなくなってくると、
必要なところに力を使いやすくなっていきます。

なので多くの場合、レッスンの最初のほうでは、不必要な力をいれるのをやめることから学んでいくことが多いのですが、いつも抜くことだけが大事なわけではない、のです。

力を抜くことが目的なわけではなく、
使いたいところに力を使うために、余分な力は抜く、ということです。

そして力を抜くことだけを考えていたら、くずれ落ちてしまうので、そのためにはやっぱりそれ以前に体幹の、プライマリー・コントロールのサポートが必要です。

—–

このへんの、ギターにおいて「どう力を使うか」に関しては、ボストンのギターの先生、ジェラルド・ハーシャーさんのレッスンを受けたときに学ぶところが多かったです。

ジェラルドさんはアレクサンダー・テクニークの教師ではありませんが、アレクサンダー・テクニークを元にしたアンドーバー・エデュケーターという教育法の資格を持っているギタリストです。

私も、まだまだギター、上手とはいえませんが、ずいぶん楽になりましたよ。

私(石井ゆりこ)のアレクサンダー・テクニークのサイトはこちらです。

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アン・ワックスマン

先週、アレクサンダー・テクニークの先生、アン・ワックスマンがニューヨークから2年ぶりに来日しました。
アンは、今までに3回ぐらい来日しています。最初に来たのは10年以上前じゃないかな?

美人で颯爽としていてとてもかっこいい人で、教え方もすばらしいけど、ちょっと近寄りがたいかも?という印象が、最初のころはありました。
(ニューヨーカー気質ではっきりダイレクトにものを言ったりするのに私が慣れていなかっただけかも?)
でも今回は、時間は短かったのだけど、以前よりアンと近づけたような感じがしました。

ワークするところを見てもらって、「2年前と全然変わったね!」と言われてちょっとうれしかった。

アンは、教え方は、いわゆるチェアワーク、テーブルワークなどの、オーソドックスな教え方を得意としている。

型がある教え方の落とし穴は、ひとつの型にすべてのことをはめたくなっちゃうことじゃないかと思うのだけど、
(いやそうじゃなくても、アレクサンダー・テクニークの場合、「原理」があるので、アレクサンダー・テクニーク自体の落とし穴といえるかな?)

アンは、生徒を型にはめることがない。
人をよく見ていて、「私が思うに、あなたの場合はたぶんこうよね」「でもあなたの場合はそうじゃなくて、むしろこうかもね」と、その人その人に必要なアドバイスを言っている。

それから、いい悪いを言わず、ちがう教え方、ちがうやり方をけして批判しない。

(見習いたいところだなあ。)

そして、勉強家で、昔から今までずっと、いろんな先生から学びつづけている。
「ほかの先生にレッスンを受けるのは、アレクサンダー・テクニーク教師にとってはすごく必要なことだよ。そうじゃないと、トレーニングコースにいたころの繊細さを忘れてしまうからね。へんな癖をいろいろくっつけちゃってね。」 となんども言っていた。

なんというか、自分に足りないものを学ぶ、というよりも、ニュートラルでいるために学びつづけている、というようなニュアンスにきこえた。

それがまた自然体で好ましかった。

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毎回、思うことだけど、いいレッスンを受けると、
「強引な力の使い方や、むりに変化を起こそうとすることはしたくない、と、いつも思っているのに、やっぱり気づかないレベルでそうしちゃってたな」と、気づかされる。

「なにもしない」というのは、ほんとむずかしい。

でも、「なにもしない」ことができると、視点がひろがって、今まで気づかなかったことが見えたりする。「なんで今まで気づかなかったんだろう?」って。。

それが、たのしい。

私(石井ゆりこ)のアレクサンダー・テクニークのサイトはこちらです。

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水泳とアレクサンダー・テクニーク ”The Art of Swimming”

今、ワシントンDCの近郊の町に来ています。きのうと今日,ここで、アート・オブ・ スイミング という、アレクサンダー テクニークの考え方でスイミングを習うというワークショップがあったのです。スティーヴン・ショウSteven Shaw)さんという、元競泳の選手で,アレクサンダー テクニークの資格をもつ水泳の先生が,教えてくれました.ショウさんは、イギリス人なのですが,ちょうど今,アメリカに来ているのです。

(もともと日本語入力ができない宿のパソコンで書いてあるので,うまく変換できない言葉があって,読みにくくてごめんなさい。http://chasen.org/ というところの、Ajax IME というのを使って書いてます.これ,外国に行かれる方には、なかなか便利ですよ!)

このショウさんのメソッド(Steven Shaw Method)のことは、水泳教師の生徒さんに,以前,ビデオを見せていただいて,それを見ただけで,泳ぐのが少し上手になったことがあって,いつか受けてみたいと思っていたのです.
ほんとうに,気持ちよさそうなのです。そしてぜんぜん,ばしゃばしゃ音をたてないで,すーっと進んでいくのです。

日本にも来られて,水泳教師向けのワークショップをしたことがあったそうです。

1日目の午前中は, fun da mental といって,fun (楽しい)とmental(精神的)とfundamental (基礎)の掛詞になっている名前のクラス、要するにたのしい基礎のクラスと,午後には平泳ぎのクラスがありました.
2日目は1日中クロールでした。
人数は、1日目は10人以下で,2日目も13人ぐらいで,じっくり習える人数でラッキーでした。

ひとつのクラスで,最初の1時間半ぐらいはdry land つまり、陸上でのクラスで,なか1時間半がプールで,最後の1時間ぐらいがまたdry land です。
そんなに陸上でやることあるのかなあ,と,ちょっと思っていたけど、時間が足りないぐらいでした。

たとえば今日のクロールだったら,クロールに必要な動きを,ステップバイステップにばらして順番にやっていくのです。

陸上でクロールの動きをやると,まるで太極拳か,ダンスみたいなんですよー。
けっこうたのしかったです。

私はクロールの息継ぎがうまくできなくて,息継ぎはいつ習えるのかな,と思っていたけれど、息継ぎのところにくる前に,プールに行く時間になってしまいました。

でも、その前の段階の動きが,タイミングとかいろいろな要素が,うまく組み合わさると、なんと,息継ぎは自然にできちゃったのです! 息継ぎ自体のことは,ほとんど習いませんでした。

ただ、あまりブクブク息を吐き過ぎるな、ジェントルに息を吐くように、と、個人的にアドバイスされたのと、急いで吸おうとしないように、顔をあげてからも息を吐きつづけたら,あとは自然に入ってくる、息が入るのには2秒もかからない、と、言われただけでした。(これは、アレクサンダー・テクニークで歌とか管楽器をやる人に言うことと、同じだなあ) 。

ファン・ダ・メンタルも,名前のとおり,とてもたのしかったです.

スティーブンは,気さくな親しみやすい人でした。
水の中がほんとに好きみたいで,”競泳をやめてから,陸上で生活していた時期もあったんだけど,今は水の生活に戻れてとっても幸せ” といってました。
水が怖い人とか,泳いだことがない人に教えたのが最初みたいです。いろんな人に教えることも,とても楽しんでいる様子でした。

ーーーーーー

あしたはチャイナタウンバスという中国人がやってる安いバスで,ニューヨークにむかう予定です。
なんでも,バスの中では中国の歌謡曲がずっとかかっている,という噂です.

ボストンのトミー・トンプソンのアレクサンダー・テクニークの学校には火曜日に戻ります。トミーの学校もとても楽しくて,いろいろ書きたいのだけど,時間がなかったのですが,また書ければと思います。

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ギターレッスン@ボストン

今、ボストンに来ています。今から2週間弱、滞在する予定です。

きのうの晩、着いたのですが、アメリカ東海岸は、日本と時間がほぼ正反対で、14時間違うので、今こちらは夜中です。

昼間、眠くて、夕方になってくると少しづつ頭がクリアになってきて、夜中になるとはっきり目覚める、という感じになってしまってます。べつに昼寝したわけでもないのに眠くならない。。やばいな。

明日の朝9時から、アレクサンダー・テクニークのクラスです。
ひさしぶりのところなので、ちょっとどきどきです。
それまでに、よく寝て、ちゃんと起きなきゃいけないのに。

今日は、昼間はひたすらぼーっと散歩していました。お店の店員さんなどと簡単な会話を交わすことで、少しづつ英語に慣れてきているところです。
お店の人が、マニュアル会話じゃない人が多いのが、いいな。

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夕方に、ギターのレッスンを受けにいきました。

4年ほど前に、2回ほどだけ行った先生のところです。
その先生は、4年前に偶然、学校の近所に張り紙が貼ってあって、みつけたのです。行ってみたら、私がアレクサンダーの勉強に来てる、と言ったら、「ぼくもアレクサンダーに興味があるんだ。まだレッスン受けたことないんだけど」と言ってました。でも、アレクサンダーと共通点が多いなどとよく言われるフェルデンクライス・メソッドを習ったことがあるとのことでした。

それでということもあって、身体の使い方の面もふくめてていねいに教えてくれる教え方で、なかなか勉強になりました。ネックを握るときや、ピックを持つときの手の自然な使い方とかについてもふくめて、教えてもらいました。

今回、あの先生まだやってるかなぁ、と、ウェブで調べたら、ちょっと引越したけど近所でやっていて、早速予約をいれたのでした。

Jerald Harscher という、ドイツ系っぽい先生です。
(あんまり笑ったりほほえんだりしないのがいかにもドイツ人って感じだなあ。  なんて、ちがったりして。。)

行ったら、「今回、トミーのクラスに行くの?」と言われて、「トミー(私が行くアレクサンダー・テクニークの先生)のこと知ってるんですか?」と言ったら知ってるとのことでした。ちょっとびっくり。あの後レッスンに行ったのかな? それは聞きそびれてしまいました。

そのうえ、さらに話を聞いてみると、アンドーヴァー・エデュケイターという、アレクサンダー・テクニークの考え方に基づいた音楽の教え方(ボディ・マッピングを中心に教えている)があるんですが、それの資格もとったとのことです

******************

「ギターを弾くことにかんして、どんな夢(ドリーミング)がありますか?」ときかれて、歌の伴奏でリズムギターを、もっと豊かな感じに弾けるようになりたい、と言いました。
そして弾いてみた。

なかなかいい、と言ってくれたけど、
ずっと大きい音で弾いていなくてもいい、と言われた。
歌が消されちゃうから、って。
(多くの人がそんなふうに弾くんだけどね、って。)
(日本で前に行ったギターの先生に、もっと大きい音で弾いたほうが、ギターの鳴りもよくなる、と言われて、がんばって大きい音で弾こうとしていたところもあったのだ。)

でもたとえばベース音をしっかり弾いて、高い音の弦は小さく弾くと、もっと豊かな音になる。

でも私の「リズムをもっとリッチにしたい」というのは、「まさにあなたが今弾けることを聞くと、その次の段階だから、まさにふさわしい課題の設定だね」と、ほめられた。

まずアイデアを説明してくれて、
それに必要なテクニックをどう身につけるかを教えてくた。

あと、あなたはピックを軽く持ってるけど、親指のパワーをもっと使う必要があるときもある。
バーバラ・コナブルが書いてたように、テンションとパワーは違うからね。
それから、ギターの内側にむかって弦をはじいたときが、一番音が響く、下に向かってではなくて、と、教えてくれた。

なかなかたのしいレッスンでした。

こうやって書くと、当たり前しか言っていないように聞こえるかもしれないけど、自分が弾いたのを聞いて、それで言ってくれる言葉だから、貴重です。

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うん、音楽を知っていて、身体の使い方も知っている音楽の先生というのは、いいなぁ。

あとはどれだけ練習する時間がとれるかだな。
でも、あついうちに今だけでもちょっとがんばろう。

てか、ほんとは今練習したいのに、
夜中なのでできないのがくやしい。。

* * * 

それと、ときどき生徒になるのは、教え方の勉強にもなるな、とっても。

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「自分を大切にするコミュニケーション」ワークショップ

このたび、アレクサンダー・テクニークの生徒さんでもある、カウンセラーの美野直子さんと、コラボレーションのワークショップをします。はじめての試みなので、未知なことが多いのですが、きっとおもしろくなるんじゃないかと思うので、興味をもたれた方はどうぞご参加ください。  ↓ ↓ ↓
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| 「自分を大切にするコミュニケーション」ワークショップ
| 自分を尊重する、相手を尊重する、キモチを伝える、考えを伝える
★────────────────────

たとえば こんな思いをすることはありませんか。「断りたいのについひきうけてしまう。自分の意見は後まわしにして人にあわせてしまう。人に頼むのが苦手。つい、強いものの言い方をしてしまう。身近な人と良い関係を作りたい。いいたいことを上手く伝えることがむつかしい。もっと自分らしくありたい。」

このワークショップでは、”アレクサンダー・テクニーク”と、”アサーション” の考え方を使って、コミュニケーションのあり方を学び、探る時間を持ちたいと 思います。アサーションとは自分の考えや気持ちを尊重しながら、相手も大切にしてつたえていく考え方です。

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日 時:6月2日(金)、6月9日(金)
    全2回 10:30-16:00
場 所:大塚交流会館 2F和室
    文京区大塚1-15-17
    電話03-3947-2624
    地下鉄丸の内線「茗荷谷」駅徒歩5分
参加費:2回通しで10000円
    (できるだけ二日続けての参加をお勧めしますが、6月2日のみ 6000円で参加できます。)
講 師:美野 直子、石井ゆり子
申込み・お問合せ
 (Eメールか電話で事前申し込み。名前、住所、連絡方法をお知らせ下さい。)
石井 ゆりこyuriko@littlesounds.com
 電話 090-2535-6009/03-3941-0741
美野 直子maysunsun@mbp.nifty.com
  電話 043-273-1622(平日昼間)
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○○講師よりひとことふたこと
●美野 直子(心理カウンセラー)
【プロフィール】大学学生相談カウンセラー、自治体での女性相談カウンセラーを経て、現在女性のためのカウンセリングスペースサンシャイン代表。産業カウンセラー、心理相談員。カウンセリングスペースサンシャインhttp://http://minonaoko.info/

【ふたことみこと】アサーション(アサーティブネス)とは自分の意見をおしとおすことではありません。相手も尊重しながら自分の気持ちを自分らしく表現していく方法です。自分の事をもっと好きになったり人間関係が楽になるヒントになります。今までのやり方、考え方でうまく行かない時には新しいコミュニケーションの方法が必要かもしれません。自分のコミュニケーションパターンをふり返る中でアサーションとは何かを理解します。また、ノーといったり人に頼んでみることを実際に体験してみます。自分の気持ちに気づき、自分が何をしていきたいのか相手に伝えていくことをめざします。

●石井 ゆりこ【プロフィール】アレクサンダー・テクニーク講師として、99年より東京を拠点に個人とグルー プのレッスンをしています。  「体を通して自分に気づき、自分が今いる世界に気づく」そして、それぞれの 人が、より、自分自身でいられることをサポートできたらと思っています。
ホームページ:http://www.littlesounds.com

【ふたことみこと】コミュニケーションをとろうとするとき、自分のなかでは何が起こっているか?相手がどういう出方をするかに、まず注意が行ってしまって、自分自身を見失ってしまうことはないでしょうか?あるいは、言いたいことを言おうとがんばるのだけれど空回りしてしまいそうな時、自分の中では何がおこっているでしょうか。私のパートでは言葉以前のレベルでなにがおこっているかをみていきます。また、コミュニケーションをとろうとして緊張してしまうことはないでしょうか。緊張が悪いわけではないけれど、そのために自分がしたような表現ができないのはストレスですよね。緊張とのつきあい方も扱いたいと思います。

ゆりこの、「自分を大切にするコミュニケーション」ワークショップの感想はこちら

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お天気、週末のアレクサンダー・テクニーク・ワークショップ (4/8)

今回のアレクサンダー・テクニーク・ワークショップは「天気がよかったら外に出て公園でワークする時間をもつ」というのが、「売り」(?)でした。

それなのに前日の天気予報は雨。

でも朝起きたら晴れてました。

11:00にワークショップがはじまって、最初は基本的なワーク、立っていること、歩くことなどからはじめ、人に触れて一緒に動くゲームなどをし、さあ外に出ようと、コートを着たら、雨が降り出してしまった!!

小雨なら決行しちゃおうかとも思ったが、ざあざあ降ってきます。しかたがないので、先にお昼を食べに行って、大人しく戻ることにします。

インドカレー屋さんでみんなでお昼を食べます。
食べ終わったら、なんと、朝以上に晴れて、上着が必要ないくらい、気温も暖かくなってます!

そのままみんなで公園に直行しました。
2人組みになって、ひとりが目をつぶって、もうひとりが案内してその場を探検するワーク、それから、「人間カメラ」のワークをしました。

私自身はワークはしないで、見ていました。
公園の真ん中は土のフィールドになっていて、子ども達がそこここで遊んでいます。そのまわりが土手のようになっていて、いろいろな木が生えていて、歩くと木の根っこがおもしろい形で生えています。鳥の声がそこここに聞こえます。

そしてワークショップの参加者さんたちが、2人づつ、あちこちに散らばって、歩いたり、木を触ったり、しているのが見えます。遠くにいる人は豆粒のように見えるし、姿が見えないペアもあります。

ときどき来る公園ですが、なんだかいつもと違った公園に見えます。

こんなにいろんなことが、ここの場所で同時に起こっているんだなあ。

なんだか幸せな感じがしてきました。

時間が過ぎて、みなさんを呼びに行ったら、楽しそうにいろいろ報告してくれます。

「全然違った場所のように感じた」
「感覚が研ぎ澄まされた」
「こんなふうに遊んだのは子どものとき以来だけど、子どものときと同じように楽しかった」
「パートナーの人とのコミュニケーションを、いつもと全然違うふうに楽しめた。デートのときにもやってみるといいかも?」

あー、私も、見てるだけでも楽しかったけど、やっぱり参加してみたかったな。

それからまた部屋に戻って、もう少しワークして、終わりになりました。

外でやるワークショップは、ずっと前からやりたいと思いながら、なかなかできなかったので、やれてよかったな。
参加者の人たちも楽しんでくださって、うれしかった。

——
今回やった、探索ワーク、や、人間カメラのワークは、厳密にはアレクサンダーのワークと言えるかわからない。

(まあ、厳密なアレクサンダーのワークというものがあるのかどうかもわからないが)。

でもそれをやる過程に、アレクサンダー・テクニークの原理をしのばせて紹介したつもりだ。

・inhibition(抑制), non-doing,
・目的意識的になりすぎない~過程/プロセスを大事にする
・反応のしかたの癖を知る, 習慣から離れてみる
・全体性 unity
・頭と脊椎のダイナミックな関係
・意図をもつことと、「やろうとしすぎない」こと
・「感覚」はあてにならない (←これについてもうちょっと言えばよかったな)

(ちょっと、”しのばせ”すぎて、わかりにくかった部分もあったかな?)

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太極拳とアレクサンダー・テクニーク

シアトルで太極拳とアレクサンダー・テクニックを教えている座間晶子(ざま・しょうこ)さんが来日されたので、先日の日曜日の朝、ワークショップを企画しました。今回は、「太極拳入門」です。幸い、晴れたので、中国の人たちのように公園で円になって行いました。
とても気持ちよかったです。

時間が短かったので、太極拳の「型」にはあまり行かず、立って腕をぶらぶら動かしたりしている気功の時間が大部分だったのですが、そういうことをじっくりやれてよかったです。

晶子さんは、アレクサンダー・テクニックと太極拳の両方の経験を、じっくりご自身のなかで時間をかけて熟成させたのを出してくれます。
アレクサンダー・テクニックの考えを使うと、プロセスがシンプルになってわかりやすいし、それを太極拳という型でご自身の体に落とし込んできた人なのだな、と思います。

また晶子さんは、中国の古典などもよく読んでいる方で、東洋の”心身一如”からだとこころを一つのものとしてみる考え方(西洋では”ソマティクス”と言ったりしますね)について、また、道教タオイズムが中国ではどんなふうに根付いているか、など、いろんなおもしろい話をしてくれました。

日本でも、漢字では見たことがある、中国の四字熟語をいくつか紹介してくださったのですが、字づらを見ただけではわからない、中国の発音の、ほわんとした美しさがわかって、イメージがぐっとつかみやすくなりました。(和風の「漢語」だと、どうしても堅苦しいイメージになっちゃうからね。)

体験としてもとても気持ちよい体験ができたし、話もおもしろい話が聞けて考え
が活性化されて、そのバランスが、とてもしっくりきました。

終わった後で、みんなで近くのおいしいネパール料理屋”天空の舞い”に行って、お昼を食べ、さらにいろいろ話しました。

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「教師」という立場

このブログは直接的にアレクサンダー・テクニックについて書くということとは、少し違う方向、でもアレクサンダー・テクニックとつながりはある方向、に展開していっています。
ひとりよがりでなければいいのですが。。
よろしければもう少しつきあってください。

きのう、私にとってアレクサンダー・テクニックを教えてる意味について、
次のようなことを書きました。

誰が何をいおうと、どんな情報があろうと、自分の身体を自分で信頼できる人、
自分の感受性を自分で信じられる人、自分で考えて自分で行動できる、
そんな個性的な大人に、みんながそれぞれなれれば、世の中もっと楽しくなる。

そういう人を育てる教師になるために、考えないといけないなぁと思うのが、
「教師」っていう立場についてです。

「教師」っていう立場は、私が好むと好まざるとにかかわらず、
「生徒」という立場からみて「上」に立ってしまう、ということです。

私なんかはそんなカンロクがあるタイプでもないし、声も大きくないし、
しゃべるのも下手だし、
ワークショップのオープニングではいまだにいつもオロオロしてしまうし、
どっちにしてもそんな「上」に立てるタイプじゃないし、、
と、思ってしまうことも多いのですが、
そんなことに関係なく「教師」として人に接する以上、
「上」に立ってしまうのです。

たとえば教師であるときの私が言うことは、
ほんとはそうじゃないかもしれなくても、正しいことに聞こえたり、とか、
ほかにもいろいろあると思います。

私がもう一つ学んでいるプロセスワークというのがあるのですが、
そのなかでの考え方で、教えるということを考えるときに大変役に立った考え方があります。
プロセスワークでは、そうやって立場によってできてしまう上下関係のことを、
「ランク」といいます。
(逆には生徒の立場は生徒の立場の「強み」があるから、
教師と生徒の両方に、お互いにランクがある、なんて言います。)

そして、
大事なことは、ランクをなくそうとすることではない
ランクは、なくならない
大事なことは、ランクがあるってことを、自覚することだ

と、言います。

このアイデアを聞いたときには、ほんとに、目からうろこでした。

それまでは私は、
「そんな『上』に立つのなんて私はキライだから、
私はそういうタイプの先生にはならないよ」
という態度だったのです。
でもそうすると、自分では自覚なしに上に立っていて、
自分では自覚なしに人になにかを押し付けているタチの悪い人になりやすいんですよね。
そして、そのことによって相手(この場合では生徒さん)が悩んでいても、
「それは、その人の問題だ」という結論にしてしまったりしてしまうのです。

それぐらいなら、自覚的にしっかり「上」に立って、
(別にえらそうにする必要があるという意味ではなくて)
その立場としてどうやって自分と相手を尊重して、信頼できる関係をつくれるか
ということを考えたほうがいい
ということです。

そういうことによってこそ、「教師」も「生徒」も、お互い成長できて、
冒頭に書いたような

誰が何をいおうと、どんな情報があろうと、自分の身体を自分で信頼できる人、
自分の感受性を自分で信じられる人、自分で考えて自分で行動できる、
そんな個性的な大人

に、みんなでなっていけるようになる、と、思っています。

たいへん難しいことですが、
このことについては考えつづけていきたいと思っています。

追伸)
プロセスワーク関係者の方、これを見ていたら、「ランク」について補足とか、
参考本の紹介とか、していただければ、たいへんうれしいかも?

また「セルフラーニング研究所」の平井雷太さんの考え方にも、
たいへん参考になり考えさせられるものがあります。

本の玉手箱
「新・子育て廃業宣言」
セルフラーニングシステム」とは、一言で言うと”教えない教育”である。

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2001年9月 ポートランド~2度目のボストン(前編)

▼9月11日のあとで

石井ゆり子 ボストンの河岸にて

 昨年2001年9月11日のアメリカでの事件は私にとってショックだった。テロもショックだったけれども、テロに対して軍事報復をすると決めたアメリカ政府の反応も、ショックだった。そのニュースを遠く日本でただ見ていて、世界の流れに対してなすすべもないまま、私はここにいて戦争にまきこまれていくのかと思って、無力感におそわれてしまっていた。

 それに、人がそんなふうに簡単に死んでしまうような状況で、アレクサンダー・テクニークは役に立たないなぁ、などと思ったりもした。もしアレクサンダー・テクニークが少しぐらい楽に動けたり、楽に物事ができるようになるためだけだったら、わざわざお金と時間をかけてやる意味があることなのだろうか、と思った。今回ボストンのトミー・トンプソンの学校に再び行くことにしたのは、アレクサンダー ・テクニークとは何の役に立つのだろう、ということを、もう一度捉え直したかったからでもある。

 それに、6月に行って以来友達になった学校の人たちが今何を考えて、どうしているのか、また実際に会って話したいと思った。飛行機を乗ることを考えると怖かったが、行くことにした。

 

▼ポートランド

 まず西海岸オレゴン州ポートランドに行き、プロセスワークセンターを訪ねた。ポートランドは緑が多く美しい、おどろくほど平和な街だった。富士山によく似た、 Mt.フッドという山が街を見下ろしている。道を歩いていたら通りすがる人々が、 “How are you?”と声をかけてくれるた。ポートランドは、アメリカのほかの都市と同じくいろんな人種のいろんな人々が住んでいる、オレゴン州一の都市なのだけど、和やかさという点では都市という感じがしなかった。ぼろを着た、失業者らしき男性も、”Good Morning”と私に声をかけてくれる。

 プロセスワークセンターでマックス・シュバックのクラス他3つのクラスに出席させてもらった。マックスのクラスはちょうど、大事な人や動物を亡くしたり、別れたときにどうするか、というようなことがテーマだった。印象に残ったのが、「人は、お互いに切り離されて存在することは、不可能だ」ということについての説明だった。いくら無視しようとしても、二度と会わなくても、死んでしまってさえ、その人は例えば心の中に生き続けたり、その人が存在していたことに他の人たちは影響され続ける・・・。

 

▼トミー・トンプソンとボストンで再会~個人レッスンを受ける

 ポートランドに1週間いて、それからボストンに行った。月曜日に、アレクサンダー・テクニーク教師、トミー・トンプソン(Tommy Thompson)の個人レッスンを受けた。私はトミーにこう質問した。「落ち込んでしまって鬱になってしまったとき、アレクサンダー ・テクニークを使ってどんなことができますか?」トミーはこう答えてくれた。「直接的には何もできないけど、情報を、少し違う受け取り方で受け取るために アレクサンダー・テクニークは役に立つよね。鬱のときっていうのはだいたい、たくさんの情報があるなかでとても限られた情報しか受け取らなくなってしまう。また、受け取った情報を、身体のなかの限られた場所にキープしてしまう」、そして私の背中に触れて、「ただ情報を受けとって、それが(体のなかで)動いていくのにまかせてごらん」と言いながらワークしてくれた。

 もうひとつ質問した。「今世界で起こっていることが気になっているんですが、どうすればいいのでしょう?」我ながらなんてバカな、答えようのない質問だろうと思ったけれど、トミーはけっこうまじめに、こう答えてくれた。「直接的には何もできないけど、ガンジーが言ったように『あなた自身がまず、自分が変えたいと思う世界になりなさい』ということだと思うよ。個人が『すぐに反応しない』ということを学ぶことによって、世界も少しづつ変わっていくよ。そう信じたいね」と、ちょっと笑ってトミーは言った。

 

▼トレーニングコース 懐かしい顔ぶれ バカな質問ばかりの私

 火曜日からはトミー・トンプソンの主催するAlexander Technique Center at Cambridge での、アレクサンダー・テクニーク教師養成コースのクラスに参加した。7月に会って以来の、懐かしい顔ぶれとの再会だ。

 テロ事件のニュースは数週間前のアメリカ時間の朝、ちょうどクラスが行われている最中に伝えられたそうだ。そういうこともあって、やはりみんなショックだったようだ。しかもテロに遭った飛行機がボストン発だったから。「でも学校に毎日来るということによってとても精神的に助けられている。みんなと会って、話ができて、お互いにワークできるから」と、生徒のひとりは言っていた。

 クラスはいつもと同じように、お互いにワークし合うことに一番時間を取って進んでいく。私はまた質問した。「エネルギーがなくて、人にワークなんかできない、という気分のときは、どうすればいいですか?」バカな質問ばかりだが、それがそのとき一番聞きたいことだった。トミーは言った。「人であることのいいことは、完璧でなくてもいいということだ。バックアップシステムが働いてくれるから、めちゃくちゃになってしまうことはないんだよ」。そして、「問題は、そういう感情をもったときに、その感情のなかにいるかわりに、それに反応してしまう、ということが起こることだ。そうではなくて、その感情を持ったまま、ワークしなさい。それがない”ふり”をすると、混乱したメッセージが伝わってしまう。

▼最初の反応

 それがはじまる前や、合間合間に、先生のトミーや、トミーの奥さんのジュディが話したり、お互いに話し合う時間がとられる。そんな時間のあるとき、「9月11日のニュースを聞いたときの、まず最初の自分の反応はどうだったか」ということを分かち合う時間が持たれた。「あまり実感がわかなかった」「理解できなかった」という人もいれば「怖かった」という人もいた。生徒のなかには、反応について聞かれても、意見や見解を答えようとする人もいた。それでも筋肉の緊張が体の反応に残る。まずそれを認識できるところに戻ってみよう、と、トミーはハンズオンを使ってその人にワークをはじめた。そこからはじめて、そういう筋肉の緊張をもっと広い気づきのなかに解放する、というワークになった。恐怖というのは多くの場合、認識したくないものだが、恐怖を認識することからはじめることで、そこからまた動いていけるようになっていく。そうして動き出した動きや考えは、恐怖に基づいた動きや考えとは違いはじめている。ワークされていた生徒の緊張が開放されていくのに立ち合って、グループ全体の場の雰囲気も流れはじめた気がした。

 感情も、体の収縮も、それを変えようとする必要はない。感情の動きも体の収縮も必要があって起こっていることで、それをきちんと経験すれば、変化は自然に起こっていく、というのは、トミーが繰り返し言っていたことだった。

(つづく)

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