「ワークショップの報告」カテゴリーアーカイブ

「『見ること』『見られること』とアレクサンダー・テクニーク講座」を終えて

ポロト湖(北海道白老町)2018/1/31 photo by Yuriko
ポロト湖(北海道白老町)2018/1/31 photo by Yuriko

先週行った「『見ること』『見られること』とアレクサンダー・テクニーク講座」、実は開催前からいつになく関心が高く、早くに満員御礼になっていた講座だったのですが、
「見る」「見られる」というのは本当に幅が広くて…
たとえば人に出会うこと、人前に立つこと、パフォーマンスをすることなどから、本を読むこと、パソコンで仕事をすることなどまで、いろいろなことが含まれていますね。

その幅広いテーマのもとに集まってくださった方に、どれだけ満足していただけることができるかなあ、と、自分でテーマを設定しつつ、ちょっと、どきどきだったのですが、それぞれ、その人に必要なものを持って帰っていただけたようです。

感想をくださった方に了承をいただいて以下に掲載させていただきます。ありがとうございます!

ーー

「『見ること』『見られること』とアレクサンダー・テクニーク講座」をありがとうございました。
終わった後からだが楽で、帰ったら5時間半くらい眠りこけてしまいました。
驚いたのは夕食で、一つ一つの素材の味を強く感じ、いままで以上においしいと感じました。
これまでどれだけ自分の感覚を置き去りにして、力んでいたのか痛感しました。

自分が言葉にしたことや、石井さんと他の方とのやり取りを聞いて、
わたしの頭で考えている「ねばならない」「こうあるべき」には根拠がないとわかり、
いまのところ自分の感覚を信頼できています。
次の日、何人かの知らない人と交流したとき
力むことなく、焦ることなく、自分が居たいように居られました。
自分を信頼することで、相手も信頼できました。

見ること、見られること、また機会があれば参加したいです。

(Y.Sさん 40代女性)

ーーー

「『見ること』『見られること』とアレクサンダー・テクニーク講座」から帰宅して、本を読むとき、肘関節に意識を向けながら動かして本を取ると腕も楽についてきてくれて、脇に程よい空間が生まれました。

それから後頭部に意識を向けながら本の上に目を落として読み始めたところ、いつも後頭部と首の境あたりが固まる感じがあったのですが、それが感じなくなりました。

適当なところで区切りをつけて目を閉じて心に残ったことばを思い出したり、イメージできることはイメージしたりしてみました。

早く内容を知りたいばかりにからだ(首や脇)を固めながら読んでいた時と違って、紙に書いてある文字を通して、内容が立体的に捉えられ、著者と一緒に時間を共有している感覚を感じました。

本を一冊書き上げるにはたくさんの時間がかかりますよね~時には何十年も。一冊の本がわたしの手元に来るまでにも100人以上の人が関わっているとも言われていますね。

これからのわたしの読書の新しい楽しみ方に目を閉じて内容を味わうことが加わりました。急がないで、じっくり味わうのを楽しみたいです。
そうすることによって、目も必要以上に疲れなくなってくるので嬉しい限りです。

疲れは疲れでからだからの大切な「便り」(メッセージ)だと思うので、これをいつでもキャッチできる感覚を持ち続けられるように「気づきのワーク」を生活の中で実践していければと思っています。

ワークショップで自分と違う人の感想をきくとき、いろいろな角度からの受けとめ方があることに気づけるので、とても楽しいです。

私の中での今回のキーワードは「全体を見る」です。今まで、細部をクリアに見ようとして目を酷使していたことに気づけました!

見ること、聞くこと、話すことは体全体とつながっていて、やっとからだが程よい空間を保ちながら立体的になっていることを感じられるようになりました。地に足がつき、支えられていることへの安心感も感じ、メールしながら今、とてもからだが楽になっています。目も楽ですね。

「気づく」ことから、自分の中の世界が少しずつ広がっていくような感覚になりますね。

(Y.Tさん、60代、女性)

ーーー

ほかにも、「人前で演奏する」ことをやってみた生徒さんは、「見られる」ということが課題だったとのことですが、講座の後に、

「演奏するときに自分がどう感じているか、どう考えているか、どうしたいのか、初めてきちんと向き合えたと思います。
自分の考えと向き合うのは、自分一人では難しく辛いのですが、先生やあの場のみなさんのおかげで、何故かとても面白く感じて、すんなりと腑におちました。」

と伝えてくださいました。
まわりのサポートがあるなかで、自分がどう感じ、どう考えているかに向き合うことができ、それを一歩引いて笑える自分に出合う。
そうすると、ほかの可能性があらわれてくる。
そのあとで演奏してくださった音楽は、伝わり方が違っていました。
ご本人にとっても、とても違う感覚だったようです。

そんなことも起こった2時間半でした。

参加してくださったみなさん、ありがとうございます。
次回は3月18日に同じテーマ、「見ること」「見られること」講座の第二回をやろうと思います。興味をもたれた方はリンクをクリックしてお申し込みください。

また個人レッスンでも、「こういうことに興味がある」とお伝えいただけたら、それについて、やることができますので、日程があわない方はそちらもどうぞ。

みなさんとの出会い、大事な問いを一緒に深めていけることを楽しみにしています。

アレクサンダー・テクニークlittlesoundsでは、東京と神奈川で週3日づつ個人レッスンを行っています。
レッスン・スケジュールとお申し込みはこちらです。
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「やめていく」は、ストイックなこととはかぎらない。その人が「あらわれてくる」こと。(札幌ワークショップが終わって)

北海道・虎杖浜にて、雪見風呂に入りました。氷点下の空気のなかの露天風呂!

札幌のワークショップ、今回新しくいらしてくれた方々と、今までもいつも参加してくださっている方々とのミックスで、あたたかい雰囲気で終わりました。
お昼休みや、終わった後のお茶の時間にも、アレクサンダー・テクニークのことだけじゃなくそれ以外にも共通する興味の対象があることがわかって連絡先を交換しあったりする姿が見られて、やってよかったなあと思いました。

ワークショップのなかでは、

人前でしゃべる
人に施術をする
椅子に座る
椅子に座って楽器を演奏
お能の動き
包丁を研ぐ
リュックを背負う
寝て、休む
足先の探究

などなど、
ふだんなにげなくやっていることや、ちょっと大変だなと思いながらやっていること、
ある人にとってはむずかしいけれど、ほかの人にとっては何も考えずにできること、
そういうことを、まず誰かがやってみて、いつもどおりとは少し違うやり方の可能性を見てみて、それから全員でやってみる。

たとえば頭と背骨を意識しながらとか、そのときどきで、いろいろ…。

楽器演奏や、施術その他の専門的なことの場合、みんなでやってみることはできないし、それどころか、それを見ることもはじめての人が多かったりする。
だけど、その人がパフォーマンスをしてくれるのに立ち会っていると、
一回目、二回目、三回目……技術以外のところで、何か違いが起こっていることがわかる。
何が違うのかはわからないような、繊細な違いだったりするけれど、でも何かが確実に違う。
何か伝わってくるものの、伝わってきかたが違うのがわかる。

それは、専門的でないことをやるときにも、起こる。
ただ立って、壁の注意書きを読むときなどにも。

こういう時に立ちあうのがすごく楽しい。

私はアレクサンダー・テクニークに最初に出会ったころから、これが楽しくて、ワークショップに出続けていたんだったなあ。
それが何に役に立つんだろうかとか、そんなことも考えずに。

参加者の人たちが、お互いが「あらわれてくる」のに立ち会って静かに目を輝かせているのを見て、そんなことを思い出す。

その人のその人らしさ、その人が持っている魅力、才能、
それまでも、隠しているつもりもないのかもしれないのに隠れていたもの、
そういうものが、とっても自然にあらわれてくるときに立ち会うのが。

(本人がそれに気づくのには、少し時間がかかったりもするけれど…)。

努力することで才能が向上することはたくさんあるけれど、
努力の過程のなかで、なにか余計なものまで付け加えてしまうことがある。
そういう何かを、少しやめることによって、あらわれてくるものがある。

アレクサンダー・テクニークはそんな、やめていくワーク。

その「やめていく」は、ストイックなこととはかぎらない。

やめていくことによって、もっと力を発揮できるようになったり、もっとがんばれるようになったり、
やめていくことによって、より自信を持って楽しく続けられるようになったり、そういうことも大いにある。

そんなふうに、
やめていくことによって、増えていくものがある。
ダイナミックないのちの流れとして動いているもの。

あと、アレクサンダー・テクニークの特徴のもうひとつは、
何か刺激になることーー重力とか、荷物とか、他者とか、やらなくちゃいけないこととか、やりたいこととか……そういうものとの関係性のなかで、自分の体や自分自身をみていくやり方であること。

刺激って、邪魔なものだととらえられがちだけど、
そうとも限らない。
刺激になるものがあるからこそ、自分と出会い直すことができるのだ。

北海道・虎杖浜 photo by Yuriko

ワークショップ中に出てきたことばのメモなど…。

・自分をひらたくしてしまわなくていい。

・リュックを持つときに、足先を含める/足先も参加。

・「あわわ」となったとき、自分に戻る時間を持っていい。自分に戻りながらでも、相手の人との関係はちゃんと続いている。

・リラックスした自分のままで、子どもたちと接するという可能性。

・椅子の形や高さに左右されない座り方

・体のことだけを意識するのではなく、手と物が触れ合う感触、物同士が触れ合う感触を体全体で感じる。

・相手に興味を持つことを自分に許す/つまらなくてもいい。おもしろいことを見つけようとしなくてもいい。

・集中したいとき、自分の中だけでなく、場の全体を含めた意識のなかで集中するという可能性。

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樹木も人間も、環境に応じて自分を最適化させている。

もう去年の秋の話になってしまいますが、東京農大で樹木医の三戸久美子さんのお話と、アレクサンダー・テクニークのコラボ「樹木のかたちの読み解きかたとアレクサンダー・テクニーク」講座を行ったときのことを報告したいと思います。

三戸さんの「樹木のかたちの最適化」のお話、おもしろかったです。
木が、光を獲得するために自己最適化をし続けるという話。それは固定されたものではなく、ダイナミックな動きだということ。木は上に伸びていくだけでなく、置かれた環境その他によっては、横にひろがっていくものもあるし、枝をねじったり、石などのうえに乗っかったりもする。そういう「かたちの最適化」が、合理的な成長だというお話でした。

木は倒れかかった自分の体を起こすこともできるということです。

実際に散歩をしていて、そんなふうな木に出会うことがあると、そのダイナミックなたたずまいに感銘を受けますが、あらためて説明を聞いて、写真も見せてもらいながら、

「人間も同じなのではないか?」
と、私は思ったのでした。

人の姿勢としてよく、
まっすぐにしないといけないのでは?
曲がっていてはいけないのでは?
左右非対称だとよくないのではないか?
左右非対称になってしまうような行為(楽器の演奏など)をいつもしていると、いけないのではないか?
などと気にする人がいますが、そんなことはないと私は思うのです。

人間も、環境に応じてかたちの最適化が自然に起こっている。

人間の場合は木のように長い時間をかけて動くのではなく、すばやく動けるのが違いかなと思います。

人間は、瞬間瞬間に、環境に呼応して形を変えているのでは?
それが自然に起こっているのではないか?
木がやってることと同じことを人間もしているのではないかと思うのです。

そこで後半のアレクサンダー・テクニークを使ったワークの時間では、

「自分が刺激に応じてどう動くか、それを信頼をもって見てみる」
ということを心に留めて、

・床においた枝を、自分全体を意識して、少し離れたところから手に取る。

ということをし、そのときの自分を観察してもらいました。
自然に、ひざや股関節や足首の関節が曲がっていくのがわかります。

枝を手にとるとき、使っているのは手だけではなく、体全体なのだということがわかります。

それから、足の下の地面からの力を意識しながら手をあげること。

そして二人組になって、手の平の上に相手の人の手の平を載せて、ひとりが手を動かすと、手をとおしてもうひとりにはどんな動きが自然に起こるのか見てみる、というワークをやりました。

さらに、
・二人組で押し合いっこ(直接的には手で押すのだけど、実は手の力ではなく、重力の力を使っている)
・二人組で、重力の力を利用して、座る。
・葉っぱがたくさんついた重い枝を渡し合う~準備せずに受け取る。(準備したくなるのを抑制する)。

というようなことをやりました。
(葉っぱがたくさんついた重い枝は、朝一番に、農大の内田均先生が農大の校内の木を剪定して運んできてくださいました。)

人間も、刺激に応じて自分を最適化させて動ける自分を信頼できる体験を持つと、ふだんの生活のなかでも、無理せずより自由に動けるようになるのではないかと思います。

そして、木を見るときに、同時に自分のからだのことを思い、より共感を持って見られるようになるかもしれません。

—–

今日はもう年が明けて、冬。
今、うちに植木屋さんがいらして木を切ってくださっています。若手だけれど10年仕事されている方。
これからどんなふうに育っていくかを見ながら切ってくださいました。すっきりしたけど、全然さびしくはならず、むしろ心地よさが増しました。木の理解者の方のお仕事、すばらしいです。

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「つながりの中で生かされること」ワークショップのご感想

1月7日のアレクサンダー・テクニーク・ワークショップ「体をとおして自分に気づき、自分が今いる世界に気づく」のなかで、参加者のおひとりがメイクアップをしたことを、一昨日書きましたが、

当日はそのほかにも、自分のからだに気づけるような、いろいろなワークを行いました。そして、からだに気づきを持つことで、お互いの存在を、お互いがいる空気感を味わう時間になりました。

今回の参加者の方々はみなさん初対面同士だったのですが、
なんだかお互い名残惜しい様子で、終わった後、みなさんと一緒に私も食事しておしゃべりして別れました。
ワークショップの時間も、お食事の時間も含めて、おかげさまで、新春の、いい時間になりました。

参加者のおひとり、Yさん(60代女性)が、感想のメールをくださったので、許可を得て掲載させていただきます。

「今日のワークショップでは、ゆったりと言葉を受けとめることができて、とても充実した時間になりました。

目に見えない部分がどうしても意識から抜け落ち、見えるところだけで頑張っていた自分に気づけました。
体の中の空間を感じることや立体的に感じること、顎の関節の動きに余裕がでることなどから自分の存在が内側から広がったような感覚を味わいました。

また、足の裏を意識すること、足の裏の下の地面が自分を支えてくれる存在であることを体感できたことも大きな気づきでした。

いろいろな知識は忘れていることもありますが、その意味することを実践してわかることで、初めてわかることになるのかなと思いました。
わからないことはわからないままにすることも大事なことだと、そして、わかることというのは知識と実践が一体となってはじめて言えることなのかなと思ったりしています。

「人前で話す」というのが私のテーマで、落ち着いて話せるようになりたいと思っていたのですが、ワークショップが終わってから皆さんと過ごしたときに思ったことは、落ち着いて話すこともいいけれど、大事なのは伝えたいことを多少の力を入れながらでも話してわかってもらえること、通じることではないかということです。

疲れてもOK!かなと思いました。ああしよう、こうしようと計らうのではなくですね。通じればそれはそれでOK。通じなくてもOK。

あの場で一緒に時間を共有できたこと、悩みを抱えながら生きている仲間のつながりに触れられたことによって、わかりあえないことがあったとしてもつながりの中で生かされることを思いました」。

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メイクアップ(お化粧)とアレクサンダー・テクニーク

今年はじめてのアレクサンダー・テクニーク・ワークショップが終わりました。

参加者3人で、ゆったりとした時間でワークできました。

アレクサンダー・テクニークでは、体のことだけでもなく、自分のなかのことを見ることだけでもなく、

「何かをしているとき」に
自分のからだ、自分のなかのスペースを失わないでいられるには?ということを見ていくことができる、
というような話をして、

からだのことを、部分部分だけでなく、全体のつながりとして見ていくことのあと、

実際のその人のお仕事などでやることを、実際にやってみる時間をとりました。

お仕事でメイクアップをしている参加者の方がいらっしゃったので、思いがけず、実際にメイク道具を使って、別の参加者の方にメイクをするシーンもあり。

相手の方にチューニングをあわせて行う繊細な作業なので、自分のことは忘れてしまったり、つい体を固めてしまう、、のを、
地面からのサポートを使い、自分全体で、メイクをする。

メイクをする人も、される人も、ますます生き生きとして、自由さと美しさが出てきたようでした。

見ていた人も含めて、みんな嬉しそうになって、もちろん私も、嬉しくなりました。

その人の本質が現れ出てくるようなメイク、というのがコンセプトとのこと。

私がやりたいアレクサンダー・テクニークと、まさにおなじだな、と思いました。

追記:ワークショップの報告のつづきをこちらに載せました。参加者Yさんの感想も。

 

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「人前に立つときに楽さを見つける」ワークショップのご感想(ビオラ奏者の方より)

先日開催したデビ・アダムス「人前に立つときに楽さを見つける」ワークショップでは、アレクサンダー・テクニークの原理を人前でのパフォーマンスに応用することをテーマに、デビさんとみなさんで一日探究を深めました。

参加者のおひとり、市民オーケストラのビオラ奏者でいらっしゃる生徒さんから、ご感想をさっそくいただきましたので、ご本人の許可を得てシェアさせていただきます。(ありがとうございます。)

ゆりこ先生おはようございます。

先日はデビ先生のワークショップを、どうもありがとうございました。

デビ先生のワークショップで、観客の立場で皆さんのパフォーマンスを聞いていると、サポートを思い出して朗読や演奏をされた時は、より気持ちを動かされました。

聞いているだけで、その方に直接触れていないのに、パフォーマンスされる方とのつながりを感じるのが不思議でした。
みんなで輪になって、膝を緩めたり、固めたりしたワークが、人の距離が離れても起こるのを体験したかもしれないです。

自分が演奏する側になったときは、お客さんはかろうじて視界に入っていましたが、そちらを見ようとか、届けようとまでは意識できませんでした。

今回は逃げたい気持ちではなく、とにかく楽器と楽譜と緊張と一緒にあの場にいたこと、腕の震えを止めようとせずに震えるままにしたこと、が新しかったです。

腕の事は、胴体を少し前へと思うと、少し動きやすくなりました。ゆりこ先生にもよく教えていただいていたのですが、
本番になると、まだ少し後ろにいってしまうんだなと思いました。

腕が震えだすことがレッドゾーンだったというのは、発見でした。

ワークショップの翌日から日曜まで、「曲を区切って演奏を止めて足と床のことを思い出す」練習をしました。

区切りはシフトの前や、フレーズの切れ目などに設定してみました。

やってみると、2小節ごとでも、弾いているうちに、股関節を固めたり、脇を固めたり、体が反ったり、色々していました。

日曜のサロンコンサート本番では、驚きました。

会場はお客さんがすぐ近くにいて、曲の一つは、バッハのG線上のアリアで、静かで繊細で美しく、今までだと最も弓が震える状況です。

今回は弓が震えることなく、練習で区切ったところで、足のことを自然に思い出して、落ち着き直す感じで曲が進みました。

私にしてみると、こんなことが起きるとは本当に思っていなくて、ただ、驚いています。

この練習をしていて、ゆりこ先生に習い始めた頃に教わった、首が痛くなる度に楽器を下ろして頭・首・背中を思い出す、の練習を思い出しました。

痛くて続けられないから止めていたのですが、今思うと、あの時の本番でも、全曲を止まらずに落ち着いて弾けてものすごく驚いたのでした。

あと、デビ先生が、「間違えずに演奏することは出来ないです」と断言してくださったのには、本当に感謝します。間違えることに対する根深い罪悪感が、
ずいぶん軽くなった気がします。

長文で失礼いたしました。
またレッスンでよろしくお願いします。

(アマチュアビオラ奏者、C.N.さん)

デビ先生は帰国されましたが、アレクサンダー・テクニークlittlesoundsでは、東京と神奈川で週3日づつ個人レッスンを行っています。ふだんは石井ゆりこが教えています。興味をお持ちの方はどなたでもお待ちしています。
レッスン・スケジュールとお申し込みはこちらです。
 1/7(日)東京1/28(日)札幌で
アレクサンダー・テクニーク・ワークショップを行います。お申し込み受付中!どなたもどうぞ!
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「『自分をぜんぶ肯定する』秘訣が、身体を観察する行為にあるって感じました」

ワークショップや出張レッスンをしたら、ブログでもご報告をしたいなと思いつつ、いつもすぐに時間が経ってしまい、なかなかできないでいます。
そんななか、上越でのアレクサンダー・テクニークの個人レッスンのほうに参加してくださった方がご感想を書いてくださり、シェアを快諾してくださったので、載せさせていただきます。

もう2、3週間経つけれど、石井ゆりこ先生のアレクサンダーテクニークの個人レッスンを受けたんですが、素晴らしい体験でした。

わたし感動のあまり泣きました(笑)

うまく言葉にできる自信がなくて書けずにいたんですが…

発見と感動の40分だったのです。

まずどれだけ日頃、がんばっていたんだろーかと感じられて。

「目で見る」とかがんばる必要ないことすらがんばってたわぁ…とびっくりしてしまいました。

コントロールできないもの、する必要ないものを自分一人でなんとかしようと抵抗しすぎていたんだって思いました。
怖がりなわたし、それだけ不安で怯えていたんだなとも気づけて、そんな自分が愛おしく思えたり。

例えば「見る」のは私が自力で見てるんじゃなくて、瞼を開くと景色を網膜が捉えて脳内に映像が映ってるわけで、なんもがんばらなくても身体が見せてくれてる。(先生が丁寧に実況してくれるのです)

動作ひとつひとつも、重力と地面がなければ成り立たなくて、身体ひとつの力じゃない。

座るとき、手を動かすときも、地面、重力、骨、筋肉がぜんぶ連動して、私の意思を叶えてくれている❗

なのに、自分ひとりでやってるって思い込みすぎてる〜
こんなに身体にサポートされてるのに〜

と、身体に対して頼もしさと安心感を感じたのと

なんもしなくても感じることができる、感じるために必要なものがもうぜーんぶ用意されている…と感謝と感動がじわ〜っと湧いてきて…泣けた😂

身体の中に、ただいる。いて、世界を見つめてるっていうニュートラルな状態に気づける。

自分でなんとかできる、コントロールができることも、生きる魅力のひとつだけど同じくらい、感じることも大切で。
私は意識がコントロールする側に傾いていて、委ねて感じることを疎かにしがちだったから、欠けていた視点を思い出せたことが嬉しかったんだと思う。

ゆりこ先生の誘導も素晴らしくて。
先生のアナウンスで、身体をありのままに観察する視点に持ってける。
自然としての身体に対する信頼とリスペクトを肌で感じて、それにも感動して、自然と涙が出ました。
プロフェッショナルやわ〜

「骨盤の上に背骨が乗っていて、首があって、首は上下左右好きな方向へ動かせて…」

「歩くとき、骨盤の上に乗った背骨、頭蓋骨も一緒に歩くことができる…」

身体を、パートナーとして捉え直し、骨格を中心に丁寧に観察することで、なんてことない当たり前の日常動作が一気に楽になるのがすごーく面白い!
身体を客観的に見直すだけで、身体も心も深いところからワクワクして嬉しくて嬉しくてふるえた…。

身体って、骨格ってものすごく緻密にデザインされてんだなーと惚れ惚れして、人知を超えた美しさにも感動しきり…。

身体をつぶさに観察するのがこんなに楽しいって知らなかった!とアホみたいに、身体が動くってことが面白くてしかたなかったり。

書きながらやぱりまとまらないんだけど💦

身体の神秘にたくさん出会えました。

ゆりこ先生の「身体にはいろいろな可能性があるんです。」って言葉がよかったなー。
先生から生まれる言葉ひとつひとつも、長い間身体を見つめてこられた実感と慈愛がこもっていて詩的で音楽的な響きがあって癒された…。

身体を知っていくっておもしろーい!!
「自分をぜんぶ肯定する」秘訣が、身体を観察する行為にあるって感じました😍

ゆりこ先生、主催の真紀子さんありがとうございました!

R.M.さん (上越市、画家、26歳)

こちらこそありがとうございました。
アレクサンダー・テクニークのレッスンには、同じレッスンはひとつもなく、そのときその人に起こっていること、起ころうとしていることが、現れてくるのだと思います。
R.M.さんのこれからが、楽しみですね。

また来年も、上越に行く機会を作って、R.M.さんや、みなさんと会えたらなと思っています。

こちらにもレッスンの体験談を載せています。

アレクサンダー・テクニークlittlesoundsでは、東京と神奈川で個人レッスンを、それぞれ週に3日づつ行っています。
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ワークショップ報告:アレクサンダ・テクニークとクッキング

町田TEENSPOSTで行われたアレクサンダ・テクニークとクッキングのワークショップ、楽しく美味しく開催することができました。

会場のTEENSPOST、スタジオ悠についたら、テーブルの上にすでに、ジャガイモ、キャベツ、アボカド、柿、大根、卵、油などが並べられてます。

TEENSPOST の八巻さんが提案してくださったメニューは、ジャガイモをすりつぶしてアボカドを載せたベジお好み焼きと、柿なます。

工程がシンプルで、でもみんなで手を動かして作業する必要はあって、美味しいメニューって何がありますかね、と言ったらその場ですぐに提案してしてくださったメニューがこれでした。
さすが、TEENSPOSTでいろんなイベントをやるたびに、よくここでみんなで何か作って食べてるのよー、と言われる八巻さんの経験です。

料理とアレクサンダー・テクニークというのは、個人レッスンのときに、話の流れから、「じゃあ、包丁を使うことに応用してみましょうか?人参があるので切ってみますか?」とか、「やかんにお茶をいれてみましょうか?」とか、そういうことを実際にやることがあり、それが生徒さんにとっても私にとってもおもしろいので、いつかそのテーマでワークショップをやりたいな、と思っていたのでした。

ワークショップは、まずは、テーブルのそばにいって、置かれた食材を見る。
そのときに、魅力的な食材が目に入るのと同時に、自分のからだにも気づきを向けたら、どうかな?
背骨の上で、頭が回転することを思うと、らくに下を見ることができる。

それから野菜や卵を手に取ってみる。
触ったときの感覚はどんなふう?
自分全体が、卵と出会う。

参加者の方が、後日、以下のように報告してくださいました。

「アレクサンダー・テクニークを使うのって、楽しいんだってはじめて思いました。
じゃがいもと、たまごを触りながら、味わっていたときに、そう思いました。

じゃがいもも、たまごも、他のものも、とても繊細に、全部異なっていて、
とてもいい意味で異なった存在でした。

人にも、物にもすこし怖さを感じることが多かったのですけど、食べ物はぜんぜん怖くないんだっていうのも発見でした。

たまごの冷たさが気持ちよかったり、
そういうことに、心を向けることのツールがアレクサンダー・テクニークなんだっていうのは発見で、
自分が楽にとかっていうことは、実はそんなに目的ではなくて、世界と対話するための手段なのかもしれないって
思えました」。

今度はその卵を、誰かに手渡してみます。
自分全体、卵の全体、相手の人全体…。

そんなふうにはじまって、切ること、すりおろすこと、混ぜること、焼いてひっくり返すこと、と、作る工程をひとつひとつ味わいました。

「こんなにゆっくり料理したことない」と、なぜかうれしそうな参加者の声。
料理は好きだけど、いつも段取りの先の先を考えて焦ってしまうそうです。(わかります!)

「手に力が入りすぎて後で腰に来そう」という声に応えて、足が地面に触れていることに気づいてみたら?と提案したら、手に力を入れる必要がなくなったり…。

そう、料理も実は、手だけでやるものではないのです。

足も使ってるし、全身を使っている。
べつに派手に動かしていることだけが「使う」ことではないのです。たとえば足を、たとえば背中がそこにある、こと。その存在を、忘れていたところの存在を認識すると、全身の動きとなって、部分が疲れなくなります。

最後に食べたときのおいしかったこと!
話にも花が咲き、さいごは、体を通した経験を言葉にすることの大事さ、言葉にすることで消化して自分のものとできることの大切さを確認しあった時間でした。

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札幌でのアレクサンダー・テクニーク・ワークショップを終えて

札幌での私のアレクサンダー・テクニーク・ワークショップは二年ぶりぐらいだったでしょうか。
年に一回できるか、できないかなのだけれど、それでも続けていらしてくれる数人の方と、新しい方々がいて、やってこれています。

通常は、月に2回ぐらいづついらしていただくことが多い私のレッスンですが、年に一回、1日か2日、じっくり学ぶ、という、織姫と彦星のような学び方でも、それぞれの人のなかで何か積み重なっていくものがあるのがわかって嬉しい。それぞれの人の人生のなかに、何か織り込まれていくものがあるようで。

参加者同士も1年ぶりとか、2年ぶりに会うという方々もいて、それでも旧知の友人として話しあっておられるのが素適です。

ワークショップ内容は、なるべくそのときのその場から出てくるものを尊重して、それを深めていく、というように、いつもやっているのですが、
今回、出てきたテーマ、扱ったことの一部はこんなことでした。

・楽に声を出す
 ~がんばりを手放すことで、息が続くようになる。大きな声、響く声が出るようになる。

・認知症の方の動きについていく
 ~相手の立場になれば、追いかけると逃げたくなる
 ~追いかけなくても、自分の中心に居れば、少し離れても信頼をもって一緒に動ける。

・背中のサポートを感じながら話をする。
 前のめりにならなくても話を聞ける。

・建設的な休息

・肩甲骨と腕のつながり

・ひざが自由に動くということ、足首が自由に動くということ

・骨盤は胴体のベース

・何もしない手で触れる(月曜日のアドバンスクラス)

今回、札幌にまだまだすてきなところがたくさん(広い原生林があって鳥たちや野生動物たちがいる公園とか)あることも教えていただき次に行くのが今から楽しみです。

次回の札幌は冬ぐらいかな。また北海道のみなさんーお馴染みの人と、新しい人とにまたお会いしたいです。

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気功とアレクサンダー・テクニークのワークショップを終えて

日曜日に、座間晶子さんと気功とアレクサンダー・テクニークのワークショップを行いました。

前回3月に行ったときには、けっこう長い時間、みっちり気功をやったのですが、易しい動きと言えど、慣れない方にとっては少しキツかったようでしたので、今回は、やり方を変えてみました。

まず、楽に立つとはどういうことかというのを体験していただき、それから、一つの気功の動きのなかにある、腕をあげる、下ろす、体を曲げる、などの動きを分解して、それらを体がもっているデザインに沿って楽に行うことを体験していただきました。

ひとりひとりの、がんばりすぎの癖を、どう意識を持っていけばやめられるか、それをやめてもバランスをとれる、動かせる、ということを、私が触れて一緒に動いてサポートしながら体験していただきました。

一日かけてひとつの気功をやり、合間に、足の先の形や立体感を実感するワークをしたり、グラウンディングしたところから声を出すこともやりました。

アレクサンダー・テクニークの休息法のセミスパインもやりました。晶子さんが、「これもひとつの気功ですね」とおっしゃってました。

終わってからいただいたご感想を紹介します。

—–

日曜日はありがとうございました。
ゆりこさんが私のからだに触れたときに感じたことは、正されるんじゃなくて、自分が自身をたしかめる力をもらってる感じがしました。
晶子さん、ゆりこさん、そしてあの場に集まった皆さんとのゆったりした時間に感謝しています。
いろんな気づきと、渾元気功、降気功をひとつ持ち帰ることができて、大変意義のある時間でした。
ありがとうございました!

(K.Oさん、50代)

—–

気功に慣れない私にとって、今回の気功とアレクサンダー・テクニークのワークショップは、ゆり子先生に身体が楽になっているかを見てもらいながらだったので、自然に体感しながら受けとめることができました。

シンプルであることは全てに通じるなと実感しました。

今朝、素足で立ってみたら、床に足の裏がしっかり密着して押されても倒れないぐらいの密着力を感じました。しっかり大地に支えられている安心感もありました。大地に包まれている感じでともいえるかもしれません。「まろかしの世界」の中心に自分が立っている感じでしょうか。

(註:まろかしの世界ーすべてが丸い、ということだそうです。)

三性帰一を始めていくと、立っていることが気持ち良く感じられました。いろいろな音や流れていく風、匂いを感じているうちに自分が一本の木になり地面からエネルギーが自然に吸い上げられて体の隅々にしみ渡っていく、駆け巡っていく感じがしました。実際の木々たちもこのように感じているのかもしれません(笑)

腕の動きに合わせて気が流れていく様は少しずつですが感じられるようになってきたような気がしました。

ワークショップ当日、足・腕・股関節・膝等の使い方を一つ一つ丁寧にチェックしてもらったことによって、身体がより楽に動かせて必要以上の力がからだに入りませんでした。

このことによって、からだが気功の方法を覚えてくれた気がします。動きを覚えるためにエネルギーを使わずにすんだので前回より疲労感はなく、自然に家でやってみようと思えました。

大地に身を委ねていれば身体は自ずから心地よい楽な状態に整えられていくのですね。

本当に余計なことをしなければいいんですね~。改めて体感できました。

足の裏が地面と接することで足と大地がつながっていることを体感できたことは、私にとって奇跡のような出来事でした。

何事も継続して意味があると思うので、いつの日か気が貯まり粟粒一つできてそれを育てられたらいいなと思います。

(Y.T.さん、60代)

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気功とアレクサンダー・テクニークとを一緒に教わることで、半日の間なのにだんだんと感じかたが変わりました。 手を上げる、下げる、体を前へ倒す、起き上がる、膝を前へ送り出す、息を吸う吐く、などの動きが連続して一緒になるのを少しずつ丁寧に体験させていただいたと思います。 最後はとても気持ちよく動けて嬉しかったです。

回数や呼吸などもその時々で変えて大丈夫とのことで、とても気が楽になりました。

いつも足や手の先がとても冷たいのに、その日はジーンとして熱かったので、もしかしたら筋肉痛になるのかなと思っていたら、今日になってもどこも痛くならないです。

先生がおっしゃるように「実験」と思って、日常に取り入れてみたいです。

「まろかし」、「母の木」のお話も素敵でとても心に残りました。

(C.Nさん、40代)

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今回コラボした座間晶子さんは、何十年も気功を実践されて教えてこられた方。また気功自体、何百年もかけて体系づけられてきたもの。それをワークショップで行うときに、アレクサンダー・テクニークの方法で介入したら楽にできるようになってよい、とは思っていたものの、前回はちょっとそのことに遠慮があった私でした。気功の本質を邪魔してしまわないかな?と。

でもやってみたら、かえってそれによって、深い体験をできたという人が多くて、晶子さんもよかったと言ってくださり、よかったです。

石井ゆりこ

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