カテゴリー別アーカイブ: プライマリー・コントロール

”上に” は、結果。上に持っていこうとしなくていい。

2013-10-01-16-52-42

アレクサンダー・テクニークのレッスンで、「頭が上にある、ということを思い出しましょう」などと、よく言うので、それが生徒さんの印象に残るようで、帰ってからも、「頭が上に」ということを、意識している生徒さんが多いと思います。アレクサンダー・テクニークの本にも、そういうことが、よく書かれていますしね。

そういう意識は、よいことの場合が多いけれど、実は逆効果になってしまう場合もあります。

レッスンで、「頭が上にある、ということを思い出しましょう」と、私は言ったりしますが、
それはあくまで、事実として今、頭が上にある、ということ。
それ以上に”上に”持っていこうと思うと、何かをやりすぎてしまうことがあるのです。

「頭が上に」と、「頭を上に」の違い、と言ってもいいかな。

事実として今、頭が上にある、ということを、”思い出す”ことによって、もし首や背骨を縮めていた場合は、縮めることが抑制されて自然に伸びていくことが、自然に起こりやすくなります。

ただし、その人の状態によっては、伸びていかないこともある。
そうすると、伸びることを起こしたくて、上にひっぱりあげたり、持ちあげたりしたくなるかもしれない。
それはやらなくてよいです。

(自分自身にワークする場合も、教師としてワークする場合も同じで、私は教師として、けしてひっぱりあげることはしていません。
「首が伸びた」と、生徒さんが驚くことがよくありますが、その人の体の緊張がほどけることで、ゆるんで伸びる動きが、自然に動きが生まれているのです)

動きが自然に生まれない場合は、無理にひっぱりあげたりするかわりに、縮んでいる要因、上に行きにくくしている要因がどこにあるのかしら、と、その人全体を見てみます。
たとえば、地面に足は着いているけれど、足があるところの上に、腰がうまくバランスしていない(後ろにひけすぎているとか)、ということもあります。

または、首をイメージするときに、首の後ろだけを思っていて、前を忘れている、というのも、よくあるケースです。

このように、首のことを、むしろ、いったん置いておいて、その人全体/自分全体を、俯瞰する目で見てみましょう。

アレクサンダー・テクニークlittlesoundsでは、東京と神奈川で個人レッスンを、それぞれ週に3日づつ行っています。
レッスン・スケジュールとお申し込みはこちらです。

Share Button

デビ・アダムスさんのワークが終わって-2 重力とサポート

ボストンのアレクサンダー・テクニーク教師デビ・アダムス(Debi Adams)さんの来日レポートの続きです。

今回、デビさんは来日する前、「『サポート』と『重力』をテーマにワークショップをやりたい」と言っていたのです。
でも、それを聞いて私は、「うーん、私には、あまりぴんとこないテーマですね。それより『インヒビション(抑制)』と『方向性』といった、アレクサンダー・テクニークの原理を、デビなりに紹介してもらえませんか?」と、独断と偏見でそんなふうにお願いしたのでした。

でも、デビのなかで、『インヒビション(抑制)』『方向性』『サポート』『重力』は、みなつながりがあるとのことで、サポートと重力の話もたくさん出てきました。
(ただデビは、「私は『方向性』のことはあまり言わない。『方向性』は、インヒビション(抑制)の結果として出てくるものだと考えているから」と言っていました。私もそれには同意です。)

それらの一連の話にかかせないのが、『テンセグリティ』の話。
『テンセグリティ(tensegrity)』とは、tense(張力/緊張)と、 integrity (統合)を掛け合わせた言葉で、建築の分野で使われたり、またボディワークのなかでからだのなかの筋膜(筋肉同士をつなぎあわせている筋の膜)にとくに働きかける、ロルフィング(Rolfing)のワーカーが最近はよく使ったりしているようです。

人間の体は、積み木を積み上げるように、縦方向の力によってだけで直立しているわけではない。
縦、横、斜め、あらゆる方向への張力の動きが統合されて、立つということが起こっている。
なので、人間は真っすぐに直立していないといけないわけではないし、体のどこかが、たとえば斜め方向に動いたら、それに合うような動きが、体のほかの部分で動くように、できている。

それで重力の話。
私が思っていたのは、「重力」というと、日本語では「重」という漢字を使うせいもあってか、ずっしりと重く、下向きに力が働いているようなイメージがあって、重力を感じようとして、足で踏んばったりしている人も少なくないということです。

いや、別に漢字のせいではなくて、積み木を積み上げるような構造のイメージに、自分をあてはめると、重さのイメージが強くなるのかもしれません。

もちろん重力は下向き=地球の中心の方向に働いていますが、それを感じるために、自分を重くする必要はない。
むしろ重力があるから、人は軽やかに存在できる、と言える。
重力が人を地面に引きつけて、支えてくれるから、人は自分で自分を支えなくてよく、自由にいろんな動きをすることができる。
人間はテンセグリティ構造なので、重力にサポートされて、動けるようにできている。

あらためて、「重力」も「サポート」も、軽やかなイメージが出てきたな、と、個人的には思いました。

——

「『重力』と『丹田を使う』ことって関係があるんでしょうか?」
と、デビのあと、私のレッスンのなかで生徒さんに質問されましたが、あまり関係ないと思います。
丹田を使うことも、大事なことだと思いますが、それはまた別の話。
丹田は、体のなかにあるもので、重力は、体の外にあるものですしね。

重力のことも、自分と環境との関係性なんですね。

—–

ワークでは、バランス・ディスクという、中に空気が入ったプラスチックの円盤に空気が入ったものに立つこともしました。
動く地面の上に立とうとするとき、人はどんなふうにバランスを取ろうとするか。
バランスを取ろうとする動きは、自然に起こる。
人によってバランス感覚は違いますが、
バランスを取ろうとすることによって、バランス感覚が活性化されてくる。
そしてそのとき、アレクサンダー・テクニークの原理、プライマリー・コントロールも働いている。
自分を固める癖などをやめることも、自然に起こってくる。(固めていては、バランスが取れないので)。

そしてそこから平らな地面に降りた後、自分のなかで何かが変わっている。

デビ・アダムスさんのワークが終わって-1 ”reference point” は、こちら

アレクサンダー・テクニークlittlesoundsでの、アレクサンダー・テクニークのレッスンのスケジュールとお申込みはこちらをご覧ください。

Share Button

”この素晴らしき世界”

奥野敦士さん(元”ROGUE”のボーカリスト)のうたう、”この素晴らしき世界”

奥野さんは、2008年に、不慮の落下事故により頚椎を損傷して、首から下の自由を失った。
腹筋も動かなくなってしまったが、「お腹にベルトを巻き、声を出すたび、上体をぐっと前に倒す」という独自の歌唱法で、今も歌う。

http://www.youtube.com/watch?v=6jo-mJPAS3A

アレクサンダー・テクニークで、頭と首~背骨の関係性が、からだ全体をはたらかせていることを、プライマリー・コントロール、というのだけど、そのプライマリー・コントロールは、健康でも病気でもけがをしていても、麻痺があっても、どんな状況でもはたらいている、ということについて、ちょうど考えていたら、たまたま、この動画が、ほぼ日刊イトイ新聞で紹介されていたのです。

うーん、すばらしい!!

アレクサンダー・テクニークlittlesoundsのサイトはこちらです。東京と神奈川での個人レッスンを、週に3日づつ行っています。出張もします。
レッスン・スケジュールはこちらです。

Share Button

プライマリー・コントロール

アレクサンダー・テクニークのレッスンでは、頭と首と胴体の関係性を観てみることからはじめることが多いです。

私たちはいろいろな刺激を受け取って行動するとき、あるいはただ、そこに存在するだけでも、

 ・首が自由で、頭が高い位置にあり、胴体が長く広く自由

という状態と、

 ・首を無意識に固めて、頭で胴体を押し下げている

という状態を行ったり来たりしています。(ちょっと単純化した言い方ではありますが)。

その違いによって、自分全体としての存在の質や、なにかをしている場合なら、することの質や、やりやすさが変わってきます。

実際には当然それ以外にたくさんのことが起こっているわけですが、それ以外のことが気になるとき、それ以外のことを観たいときにも、まず、頭と首と胴体の関係性から観ていくことはとても役に立ちます。

頭と首と胴体の関係性のことを、アレクサンダーの用語で「プライマリー・コントロール」と言うのですが、「プライマリー(primary)」というのは英語で「まず第一の」という意味なのです。

首を固めたまま、腕や脚を自由に使うことは難しいし、
首を固めたまま、バランスを取ることも、
首を固めたまま、リラックスすることも、
首を固めたまま、持っている力を発揮することも難しいと思います。

首にはたくさんの神経が通っていて、脳からの指令を体全体に伝えるための通り道になっているので、
そこに”渋滞”が起こっていると、脳からの指令が体のすみずみまで伝わりにくくなってしまいます。

(興味があったら、実験として、わざと首を固めて、脚や腕を動かしてみたり、声を出してみてみてください。それから、固めるのをやめて、同じように動かしてみてください。)

ブルース・ファートマンというアレクサンダー・テクニーク教師は、そのことを暖炉と煙突に例えて、

 「煙突がつまっていたら、暖炉を燃やそうとしても、燃やせない」

と、言っていました。この場合は首が煙突ですね。
通りをよくすることが肝心です。

さらに言うと、首だけではなく、
首は背骨の一部なので、
頭と背骨全体、そして、
頭と首と胴体全体がうまく使えていなければ、
手足をうまく使うことは難しい。

最近、よく「体幹」という言葉を耳にしますが、言おうとしていることはある意味、同じなのかもしれません。
ただし「体幹」を考えるときに頭と首も含めて考えるとよいですね。
頭も体の一部だということを思い出してください。

たとえば歩いているとき、足は頑張って動かしているのに、頭がその動きにうまくついていっていない、という状態だと、歩くバランスがうまく取れず、足がよけいに疲れ、肩や腰が痛くなりがちです

逆に、何かに向かって頭だけを突き出して、何かをしようとしても、首やほかの部分に余分な緊張が生まれ、体全体に情報がうまく伝達できず、うまくいきません。

—–

上にも書きましたが、頭と首と胴体の関係性のことを、アレクサンダーの用語で「プライマリー・コントロール」といいます。

「プライマリー(primary)」というのは英語で「まず第一の」という意味です。
「コントロール」という言葉を聞くと、自分ががんばってコントロールしないといけないのか、と思うかもしれませんが、そういう意味ではなく、人間という有機体システムそれ自体がプライマリー・コントロールを持っているのです。

なので、私たちの仕事は、体のシステムの仕事を邪魔しないでいる、ということだけです。

どこか気になるところがあるとき、
まず、プライマリー・コントロール/頭~首~胴体全体のつながりに目を向け、神経の情報伝達の通り道を開いてから、ほかのことを観てみましょう。

何かの動きを観てみたいときも、
まず、プライマリー・コントロール/頭~首~胴体全体のつながりに目を向け、神経の情報伝達の通り道を開いてから、動いてみると、何か気づくことがあるのではと思います。

アレクサンダー・テクニークlittlesoundsのサイトはこちらです。

Share Button