「アレクサンダー・テクニーク」カテゴリーアーカイブ

お天気、週末のアレクサンダー・テクニーク・ワークショップ (4/8)

今回のアレクサンダー・テクニーク・ワークショップは「天気がよかったら外に出て公園でワークする時間をもつ」というのが、「売り」(?)でした。

それなのに前日の天気予報は雨。

でも朝起きたら晴れてました。

11:00にワークショップがはじまって、最初は基本的なワーク、立っていること、歩くことなどからはじめ、人に触れて一緒に動くゲームなどをし、さあ外に出ようと、コートを着たら、雨が降り出してしまった!!

小雨なら決行しちゃおうかとも思ったが、ざあざあ降ってきます。しかたがないので、先にお昼を食べに行って、大人しく戻ることにします。

インドカレー屋さんでみんなでお昼を食べます。
食べ終わったら、なんと、朝以上に晴れて、上着が必要ないくらい、気温も暖かくなってます!

そのままみんなで公園に直行しました。
2人組みになって、ひとりが目をつぶって、もうひとりが案内してその場を探検するワーク、それから、「人間カメラ」のワークをしました。

私自身はワークはしないで、見ていました。
公園の真ん中は土のフィールドになっていて、子ども達がそこここで遊んでいます。そのまわりが土手のようになっていて、いろいろな木が生えていて、歩くと木の根っこがおもしろい形で生えています。鳥の声がそこここに聞こえます。

そしてワークショップの参加者さんたちが、2人づつ、あちこちに散らばって、歩いたり、木を触ったり、しているのが見えます。遠くにいる人は豆粒のように見えるし、姿が見えないペアもあります。

ときどき来る公園ですが、なんだかいつもと違った公園に見えます。

こんなにいろんなことが、ここの場所で同時に起こっているんだなあ。

なんだか幸せな感じがしてきました。

時間が過ぎて、みなさんを呼びに行ったら、楽しそうにいろいろ報告してくれます。

「全然違った場所のように感じた」
「感覚が研ぎ澄まされた」
「こんなふうに遊んだのは子どものとき以来だけど、子どものときと同じように楽しかった」
「パートナーの人とのコミュニケーションを、いつもと全然違うふうに楽しめた。デートのときにもやってみるといいかも?」

あー、私も、見てるだけでも楽しかったけど、やっぱり参加してみたかったな。

それからまた部屋に戻って、もう少しワークして、終わりになりました。

外でやるワークショップは、ずっと前からやりたいと思いながら、なかなかできなかったので、やれてよかったな。
参加者の人たちも楽しんでくださって、うれしかった。

——
今回やった、探索ワーク、や、人間カメラのワークは、厳密にはアレクサンダーのワークと言えるかわからない。

(まあ、厳密なアレクサンダーのワークというものがあるのかどうかもわからないが)。

でもそれをやる過程に、アレクサンダー・テクニークの原理をしのばせて紹介したつもりだ。

・inhibition(抑制), non-doing,
・目的意識的になりすぎない~過程/プロセスを大事にする
・反応のしかたの癖を知る, 習慣から離れてみる
・全体性 unity
・頭と脊椎のダイナミックな関係
・意図をもつことと、「やろうとしすぎない」こと
・「感覚」はあてにならない (←これについてもうちょっと言えばよかったな)

(ちょっと、”しのばせ”すぎて、わかりにくかった部分もあったかな?)

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東京でのアレクサンダー・テクニックのワークショップ報告~Q & A

2月23日にやったアレクサンダー・テクニック(アレクサンダー・テクニーク
のワークショップは、10名の方が集まってくださいました。レッスン経験者の方、はじめての方、それぞれ5名づつでした。

やった内容は、前半は、以下のようなことです・・・ボール投げのゲーム、・頭と首の関係について、・四つんばいで歩く~”頭がリードし背骨全体がついてくる”のを感じる、・腕構造について~3人組で腕を動かされるワーク、・ウィスパードアー(呼吸と声)

後半は、それぞれ人によって違うことをやってみました。
  寝ている人を起こす、ハンドドラムの演奏、フルートの演奏、バレエの動き、  マッサージ、じっと座っている(話を聞く)、腕の動き、など

ワークショップでは、「ひとがワークして(されて)いるのを見ているときも自分が変化するのを感じた」などの声もありました。

みなさんと学ぶ場をもったことで出てきたアイデアもあって、おもしろかったです。参加された方ありがとうございました。あとででてきた感想などありましたら、シェアしていただけたらうれしいです。個人レッスンに来られている方は、個人レッスンで上記のようなことをやってみてもいいですね。

次の東京でのアレクサンダー・テクニック・ワークショップは、3月30日(木)、4月9日(日)の予定です。

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2. ワークショップのときの質問から
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ワークショップで出た質問のうちのいくつかをご紹介します。(ふだんのレッスンでもよくある質問でもあるので。。)

■日常ではどのように今日の経験を生かしたらいいのでしょう?

 今日の体験を再現しようとしないのがコツです。ある状態を再現しようとすると、かえって硬くなったり、どれが正しいのかわからなくなって混乱してしまったりしますが、大事なのは「よい状態」を探すことではなく、考え方や観方を少しだけ変えることではないかなと思います。 自分についてや、やろうとしていることについての、いつもの慣れた考え方や、無意識になった考え方からちょっと離れてみて、実験してみるつもりになってみると、いいと思います。 いつもやっていることを、時々でいいので、いつもより少しゆっくりやってみたりして、「自分はどんなふうにこれをやっているのだろう?」と、興味をもってみることが最初の一歩だと思います。そのとき、何が正しいかをすぐに知ろうとしないほうがいいです。

■姿勢について

・「私は猫背なのですがどうしたら直るでしょうか?」
 姿勢を気にしている人はよく、たとえば前かがみになりがちなのでもう少し胸をはろう、などと、部分的に変えようとしがちですが、それはけっこうしんどいですよね。しばらく胸を張っていても疲れて前より猫背になってしまったりしますよね。部分的、直接的に直すかわりに、全体を見てみましょう。例えば肩まわりだけでなく、足がどう地面についているか、頭はどこにあるか、それと肩との関係はどんなふうでしょう? そういうように全体を見てみることで、バランスが整ってきて、姿勢もいつのまにかよくなっていたりします。

・「人に「姿勢が悪い」と指摘されることがあります」
・「道行く人の姿勢が気になることがあります」

一見悪い姿勢に見えても、その姿勢に固まっていなければ、悪いとはいえない場合も多いと思います。もしかしたらその人はたまたま悲しいことがあって落ち込んでいたのかもしれないし、そういうときに肩を落とすのは自然なことかもしれません。問題があるとすれば、ある姿勢に固まってしまって、状況が変化してもそこから抜けられないような状態のときだと思います。形だけみて、いちがいに「悪い姿勢」とは決められないと思います。動きを見ることが必要かなと思います。

参照:http://www.littlesounds.com

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プール

先日、水泳の先生をしている方と一緒にプールに行く機会がありました。彼女とは私のアレクサンダー・テクニークのレッスンに以前来てくださっていたご縁です。

彼女は水の中にいるのがなによりも大好きだそうです。
あちこちの仕事をかけもちしてて、とても忙しそうなスケジュールなのに、とても楽しそうです。
高齢(80代、90代の方もおられるそうです)になってはじめて水泳に挑戦する方に教えたりされていて、お会いすると、高齢の生徒さんたちなどが目を輝かせて楽しんでいる様子をほんとに楽しそうに報告してくださいます。

「水泳というといまだに、どれだけ速く泳げるかとか、どれだけ長い距離を泳げるかを競うものっていうイメージがあるけど、そうじゃないんだ、もっと楽しくて、楽で気持ちいいものだってことを伝えたい。」と、いつもおっしゃってます。

その日は、気楽に一緒に泳ぐだけのつもりでいったのですが、いろいろ教えてもらっちゃいました。

得意な平泳ぎでは、「手をもう少し下に向けてみてみて。そうしたら水の抵抗がもっと少なくなるのよ。」「足を掻いた後に、足をそろえると、その後もすっと進んでいくのよ。」

そのとおりやってみたら、いつもより、少なくかいて、プールのはしまで来てしまいました。

苦手なクロール(息継ぎがうまくできないのです)は、すぐにやってみないで、浅いプールに移動して、ななめ泳ぎや背泳ぎの形で、頭を前に向けたまま体をらせんに動かしてみる練習からしました。(手はあまり掻かないで、あざらしみたいな動きです。)これもまた、今までやってみたことない動きで、おもしろく、意外と気持ちよいのです。

あと、自分では頭をまっすぐに向けているつもりが、ななめに向けてしまっていることも、教えてもらって驚きました。(アレクサンダーの言葉でいうと、「感覚はあてにならない」です。)

クロールがうまくできるようになるところまでは、いきませんでしたが、とても楽しかったです。次のときに使えそうなアイデアをいくつかもらえました。

子どもの頃、泳げなかったので、水泳教室に行かしてもらっていた時期があったのですが、そのときは、ノルマをこなすような感じで、全然楽しくなかったし、たいして泳げるようにもならなかった。その後、自分のペースでみようみまねでやりだしてからのほうが上達したのでした。なんせそこではクロールが25メートル泳げるようになった人しか平泳ぎは教えてもらえなかったし。

でも彼女の教え方はそういうのとは全然違っていて、学ぶ側のペースを尊重してくれる、安心できる教え方で、とてもよかったです。こういう教え方なら教わりたいな。

最近、ものを習うのが楽しいです。

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きのう、町田で仕事の帰りに、靴屋を見つけてちょっとに入ってみました。履きやすいウォーキングシューズで知られているブランドの靴屋さんで、セールをやってました。すると店員さんが妙に笑顔で近づいてくるので、私はちょっと用心して、「今日はたぶん買わないんですけど見るだけ見てもいいですか?」みたいなことを言ったのです。すると、「どうぞ、どうぞ」と言ってくれたのですが、やっと気づいたのですが、実はその方は知り合いでした! 以前、アレクサンダー・テクニークのクラスに一度来てくださった方でした。

軽くて履きやすそうで意外とデザインもかわいい靴があるなあと見ていたら、「足を測ったことありますか?なければよかったら、測るだけでも測ってみますか?」と言ってくださいました。「べつに買わなくて全然かまわないので」と小さい声で付け加えて。ここのブランドの靴は一足持っているのですが、足を測ってもらったことはありませんでした。それで、これも何かのご縁と思って、測ってもらいました。

いつも機械で測るそうですが、たまたま機械が故障していて、足型を描かれた台の上で素足になって、手で測ってもらいました。巻尺で足の回り全体を測ったり、厚みを測ったり、手馴れた手つきでいろいろやってくださいます。

「幅が広いんでなかなか合う靴がないんです。サイズは24です。」と言って測ってもらったのですが、なんとびっくり!!!大きさは23だと言われました。しかも足幅も細くて厚みも薄いと言うのです。

「??? でも小さい靴だといつも指が痛くなってしまうんです」「それは、靴が大きいから足のかかとが浮いて、つま先のほうにずれてしまうからなんですよね。かかとをあわせて紐をしっかり結んで、足首を固定したら、ほら、これでどうでしょう?」と、23センチの靴を履かせてくれました。

ぴったりです。歩いてみても、心地いいのです!

同じ23センチの靴でも、品物によって幅が違ったり、厚みが違ったりするなか、「石井さんに合うのはこれかこれですね」と二つ選んでくださったうちのひとつです。

いつも不精をして、紐をしたまま脱ぎ履きをしていたせいもあったのか。足裏の豆が治らないのは、もしかして靴があわなかったせいなのか?

その日は靴は買わないつもりだったのですが、買ってしまいました。ハイキングや雨の日にもよさそうなやつと、冠婚葬祭やパーティーにも使えそうな黒い靴の2足ーー2足も買ってしまいました。

でも靴って欲しいと思ったときや必要になったときにあわてて探しても、なかなか気に入ったものは見つからないものですしね。(と、自分に言い訳して)。

自分に合う靴がみつかったこと、しかもデザインも気に入ったことがうれしかったのと、、それから、知り合いでもある店員さんが足のことに詳しくて、私にあったものをみつくろってくれて、履き方のコツも教えてくれた、その一連のことがなんだかうれしかったので、気持ちいいお買い物でした。いいお仕事してるなあ、と思いました。

町田店は2月いっぱいで閉店してしまうそうで残念です。それで彼女も靴屋の仕事を辞めてしまうかもしれないそうで。。

でも間に合ってよかったです。

しかし、自分自身のことって、なかなか、思い込みで判断してしまうことが多いので、そうならないように気をつけているつもりなのだけど、足のことひとつでも、やはりここまで思い込みがあったのだなあ。新鮮な自分を発見した気分でした。

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医療従事者の方たちとのアレクサンダー・テクニーク・ワークショップ@香川

えー、きのうもうどんを食べました。前日とはちがって、今度はお店らしいお店で、落ち着いて食べられました。お値段も、東京でいうふつうのお値段でした。(釜天で800円ぐらい。天ぷらなしだと400円ぐらい)やっぱりおいしかった。
同行者のなかには、冷たいうどんと、あったかいのと、両方食べてた人もいました。「全然別の食べ物の感じ」って言ってました。私もトライしてみればよかった。
それにしてもみんな、よく食べるなあ。
でもおとといの製麺所の豪快な食べ方が一番やっぱり印象的だったな。

ーーー

えー、讃岐にはうどんを食べに行ったわけではなくて、アレクサンダー・テクニークを教えに行ったのです。医師、看護士、作業療法士など、医療やリハビリのお仕事に従事してらっしゃる方が中心の勉強会があって、その方たちが呼んでくださいました。初日と二日目に3時間のグループレッスンをして、その間に3人づつのミニグループレッスンをしました。

リハビリの世界では今まで、人の体を部分的・機械的に理解して、「こうやれば、動けるはず」と、理屈にあわせて患者さんを動かそうとするような考え方が主で、でもそれだと実際現場でやってみて、なかなかうまくいかないことが多いそうです。そこでどうするか、ということを模索している方たちです。

勉強会がはじまった当初は、「どうやったら患者さんを動かすことができるか?」というような問題意識を持った人が多かったそうなのだけれど、だんだんその問題意識が、「まず自分自身が、自分の心身のことを理解しなければ、人のこともわからない」というふうに変わってきたそうです。

勉強熱心な、というか、未知なことにひらかれている方たちが多くて、なかなか有意義なワークショップになりました。

階段の上り降り、荷物を持つ、寝てて起き上がる、などの日常動作をやってみたり、患者さんを運ぶことをやってみたり、触れて一緒に動くことをやってみたり、そんなことを通じて体験的に学び、実験し、探索した2日間でした。
「相手を動かそうとするより、まず自分に気づきを向ける」その気づきの向け方をいろいろ練習・探索してみました。

ーーー

終わって、広島の友人の家に寄りました。
しかし広島はすごい雪が降っているのです。
予定していたバスが運休になってしまって、参加者の方に、少し遠回りして送っていただきました。

広島はもともと、そんなに雪が降る土地でないので、みんな雪に慣れていないみたいで、びっくりしています。
夜、雪かきをしようといったら、友達が、「寒いからいいよ~」と渋るのですが、「明日になったら凍っちゃってかえって大変かもよ」と、外に出て雪かきしました。
思い切って外に出て体を動かすと、けっこう楽しいです。

私(石井ゆりこ)のアレクサンダー・テクニークのサイトはこちらです。

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体験を言葉にする/体験を共有する

勉強しているプロセスワークのグループのニュースレターに載せる文章を何か書いてほしいと言われたので、アレクサンダー・テクニークとプロセスワークについて書くことにしました。ふたつの手法を学び実践していることで、お互い補い合っているなあと感じるので、それについて書くことで、自分の理解も深まればと思いました。そして、どうせなら、そのふたつをやってるほかの人にも聞いてみようと、何人かにメールしてみたら、すぐに熱い(?)興味深い体験談のメールが返ってきました。

アレクサンダー・テクニークの体験について何か書いてくれませんかと言っても、「いやー、まだまだちゃんと理解してないし」とか、「書くのは難しいんですよね」「そのうちいつか」とか言われてしまうことが多いのに、「アレクサンダー・テクニークとプロセスワークについて」だと、書けるみたいなんですねー。

でも、それは分かる気がします。私自身、ふたつを比較するほうが、書きやすいんですね。

みなさんの文が、とてもおもしろくて、それをうまくまとめられたかどうかはわからないけれど、(おもしろいのに載せられなかった人の文もあって、残念&申し訳ない)でも、楽しんで書くことができました。このテーマ、もう少しこれからも探っていきたいです。

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きのうのブログにも書いた、週末のハルさん(村川治彦さん)の講演 http://www.east-westdialogue.org/J-CEW.htm のなかでの話で、アメリカでソマティクスやボディワーク、トランスパーソナルな、いろいろな技法や考え方が広まるきっかけになったのは、エサレン研究所などで、いろいろな技法の実践者がひとつの場所に集まって、参加者がいろいろな技法を体験して、そして体験を共有できる場があったことが大きかった、という話がありました。

これが東洋的な価値観だと、ひとつのものをずっとやってこそ身につくんであって、いろいろ試すなんて、あまり意味がない、というふうになることが多いと思います。

私はどちらの考え方もうなづくところがあるのですが、「体験を共有する」ということは、たしかに広まる原動力になるし、何より、楽しいよね、と、あらためて思いました。

(ただ、プラクティショナーとしては、やはり自分がやっている技法が一番いい、ほかの技法より優れている、と思いたい、という気持ちもやっぱりありますよね。ーーエサレン研究所でも、プラクティショナー同士は仲が悪かったりもしたそうです。でも参加者はそんなことはおかまいなしに情報交換してしまうからね。自分にとってはどうだったかという体験を。それが広い目で見ると結果的にはよかったみたいです。)

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ハルさんのワークショップでもうひとつテーマになっていたことが、「体験を言葉にする」ということでした。
体験を言葉にすると、体験をいったん止めることになるから、体験を味わった後それをやるのは抵抗があるかもしれないけど、それを、あえてやってみる、のです。

また、体験がすべて言葉に置き換わることは不可能だし、言葉に置き換える過程で、変化してしまったりする。でも、そういう言葉の性質も認めたうえで、あえてその作業をやってみる、のです。

ワークショップでは、まず体験したことについて、紙に書いてみる、それから二人組みで話す、それからさらにみんなの輪のなかで話す、と、いろいろなやり方で「言葉にする」ことをやりました。「言葉にしづらい体験を言葉にする」実験です。そしてその言葉にするという体験にどういう意味があるのかということもふくめて、探っていくのです。

なんというか、言葉の厳密性を追求したりするところじゃなく、正しいとか正しくないじゃないところで、体験と言葉の関係をさぐれた感じでした。なにかを証明したり、宣伝したりするためじゃない言葉、ですね。

そういうふうだと、言葉にすることは「共有」のためにも役に立つことだけど、自分の体験を深める役にも立つなと思いました。

私(石井ゆりこ)のアレクサンダー・テクニークのサイトはこちらです。

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『からだ』の体験を分かち合う(村川治彦さんワークショップ)

週末、ハルさんこと村川治彦さんの講演会「統合医療とわたしの『からだ』」と、ワークショップ「『からだ』の体験を分かち合い、深め合う」に行ってきました。
http://www.east-westdialogue.org/J-CEW.htm

講演といっても、ハルさんが一方的にしゃべるのではなく、参加者との意見交換の材料を提供してくれるような感じです。いろいろと考えさせられることがありました。(考えさせられたことについてはまた少しづつ書けたらと思います。)

ワークショップは、
・時間をゆっくりとって(10分かけて)立つ
・ペアになって、お互い、触れる
・オーセンティックムーブメント(動きたい衝動にそって動く。それを観ている人がいる)
という3つのことをやりまいた。

この3つだけで、朝9時から17時までかけてやるのです。
私にとってはこの「時間をかけてひとつのことをやる」という体験だけでも、意味深いものでした。

アレクサンダー・テクニークでも、「何かする前に自分に気づく”間”をとる」こと、「目的意識的になりすぎない。プロセスを大事にする」ことは、大事なのですが、ここまで時間をかけて一つのことをやることは、ないからなあ。

触れることにしても、ただ触れることを味わうだけのために触れる、という感じです。
こういう本質的というか、そういうところに立ち戻ることは、時々、必要だなと思いました。

普段の生活も、ゆったりしているようで、実は、何かしなくちゃならないことに頭が追われていることが多かったな、と、あらためて思いました。

ゆるんだからか、ワークショップの後半、オーセンティック・ムーブメントで動いた後、いつのまにか眠ってしまっていました!
それでも全然、だれもが「そういう人もいるよね」みたいな感じで当たり前に接してくれたので、
よく休まりました。

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ダイアログ・イン・ザ・ダーク(2)

今日こそダイアログ・イン・ザ・ダークhttp://www.dialoginthedark.com/
に行ってきました。

携帯と腕時計を、光るかもしれないからとロッカーに預け、
白い杖を渡され、暗幕の中に入り、
案内をしてくださる視覚障害者のMさんを紹介されました。
まだ小さい明かりがついていて、真っ暗ではありません。
もう一枚の暗幕をあけて、そのなかに入ると、
ほんとに真っ暗になりました。何も見えません。
すごく天井が低いような気がして上に手を伸ばしてみましたが、
手は届きません。
「怖い」と言っている人もいましたが、私は何か楽しくなってきました。

目がとても楽です。
いつも、無意識に何かを見よう認識しようとがんばっているんだなあと思いました。

7人で一緒に進んでいくんですが、私はなるべく一人で歩いてみたいなと、
ちょっとだけ離れてみたりしていました。
でも、あまり離れると、案内人のMさんが、
「まだついてきていない人がいらっしゃるみたいですね。大丈夫ですか?」
などと言ってくださるので、少しだけです。
目が見えなくて、触れることもそんなにはないのに、気配と音だけで7人が近くにいるかいないかがわかるのでしょうか? すごい。。。

いろいろに違う感触の地面を歩いたり、
いろいろな物を触ったり、
「電車の駅」に来てみたり、
バーでワインを飲んだり。。。

ワイン、とてもおいしかったです。
いつもよりなんだか味わって飲めた気がしました。

そして、7人の人にそれぞれリクエストにあわせてソフトドリンクだったりビールだったり、違うものをちゃんと席まで持ってきてスマートに注いでくださるのが、
やっぱり、すごい。。。

——-

アレクサンダーのワークショップでもときどき、
目をつぶって、人に案内してもらう、という遊びをやることがあるのですが、
(私自身、とても好きな遊びなのですが)
完全に何も見えない空間というのは、目が見える者にとっては普段はないものなので、
とっても新鮮でした。
もう少し、あそこで遊びたかったなあ。

目の疲れも、なんだかだいぶとれた気がします。

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ダイアログ・イン・ザ・ダーク

「ダイアログ・イン・ザ・ダーク」という、おもしろいイベントがあると聞いて、
参加することにしました。
http://www.dialoginthedark.com/
まっくらな空間のなかを、目の不自由な方に案内してもらいながら、いろいろ探検する、ということです。

会場である広尾のD-Haus に行って、券を見せて、順番を待ちます。
「携帯とか、腕時計とか、ジュエリーなどは、暗闇で光る可能性があるので、外してロッカーに預けてください」と言われ、携帯と腕時計を鞄と一緒に預けました。
時間になったら、ひとりづつ白い杖を渡されました。
そして暗幕の中に入りました。
でも、まだ小さい明かりがついていて、真っ暗ではありません。
「あれ、一人多いですね。」(定員は1回7人です。)
「お名前をひとりづつ言っていただけますか?」
順番に名前を言って、私もイシイユリコです。と言うと、
「イシイユリコさん、お名前がリストにありませんねえ。」
ええーっ?
「明るいとこにちょっと来ていただけますか?」

確認したら、
あしたの同じ時間からでした。

(チャンチャン)
あした出直してきます。

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「頭の穴追いの愉気」

先日、ひさしぶりに、整体協会の「愉気法研究会」に行ってきました。

今回のテーマは、「頭の穴追いの愉気」です。
秋口には、頭の神経が過敏になることが多いので、
神経を休めるためにも、いい愉気だそうです。

私自身、秋口には頭が痛くなったり、神経が疲れたりする傾向があるのを感じていて、
何年か前にこの「頭の穴追いの愉気」をやった後、とてもすっきりして以来、
気に入ってしまいました。

愉気っていうのは、自分自身に気を集めながら、相手にじーっと手をあてるというやり方です。
アレクサンダー・テクニックのハンズオンとも少し似ているところもあるけれど、自分も相手も基本的にじーっとしているところが、まず違うかな。
でも、まず自分自身に気を集める。相手に『何かしてあげよう』とか、『気を送ろう』とは思わなくていい。むしろ思わないほうがいい」というところが似ています。
アレクサンダー・テクニックでも、必要なのはnon doing hand (何もしない手)だなんて言います。

しかし「頭の穴追いの愉気」は、ほかの愉気にくらべても、
普通に考えるとかなりミステリアスです。
「頭のてっぺんの、目と耳の交差しているらへんに、少しへこんでいるところがある。そこにまず手をあてて、その穴から、堤防がきれたように、溝ができてくるので、その溝を、指で追いながら愉気していく。」
文字で書くと、ますますわかりにくいですが、
実際やってみても、頭で考えると全然わかりません。
「なんとなく、そういうふうなつもり」という感じでやってみるだけです。

それでもやり終わったらすっきりするので不思議です。

逆に、あまり考えて、「あっちかな?」「こっちかな?」とやったり、ぎゅーっと押して穴をあけようとしてしまったりすると、頭皮が緊張して逆効果だそうです。

私がこれを好きなのは、実際やってすっきりする、ということ以外に、
「技術じゃない」部分でやっていい、やるしかない、という点です。
型も全然ないし。
自分の勘を信じてやるしかないところです。

場所がちょっとぐらい、もしくは、だいぶずれていても、何かやろうとしすぎていたりとか、そういう余計なことがなければ、何らかの効果があるみたいです。

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このあいだ組んだのは、障害者の介護の仕事をしているという男性でした。
「腰痛に悩まされていたのだけど、整体をはじめたら、腰に弾力が取り戻って、すっかり治った。それまでいろいろなところに行っても、治らなかったのだけれど」だそうです。

腰痛の人にはアレクサンダー・テクニックもお勧めですが、整体協会の整体もお勧めです。
アレクサンダー・テクニックのほうが、元が西洋から来ただけあって、ひょっとしたらミステリアスさは少ないかも。(それでも、「不思議ですねー」と言われることは、けっこうありますが。)

世の中にはいろいろ役に立つものがあって、あとは、向き不向きとか、相性とかで、
それぞれの人が合う物を選んでいければいいんだろうなと思います。

結局は人間を扱うことで、生き物を扱うことだから、そんなに違うはずはない、
と、以前、私の野口整体の先生が言ってました。

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