カテゴリー別アーカイブ: 子どもとともに

5ヶ月の赤ちゃんを連れてのお母さん

きょうは5ヶ月の赤ちゃんを連れてのお母さんのアレクサンダー・テクニーク・レッスンでした。抱き上げるところや、抱っこするところ、揺らして寝かしつけるところなど。腰に負担が来ちゃっていたうごきを見直したら、もっと赤ちゃんとお母さんと一体になった動きになりました。

赤ちゃん、私をじーっと見ていて、それからにこにこしだして、元気よく寝返りしたりしてて、楽しかったです。

10/29(土)育つことのお手伝い&自分のなかの子どもを育てる (モンテッソーリ教育と、アレクサンダー・テクニーク・ワークショップ)

7月に行って好評だった、モンテッソーリ教育とアレクサンダー・テクニークのコラボ・ワークショップの第二弾を開催します。31年間モンテッソーリ教育に携わってきて、日本各地でモンテッソーリ教育を広めている、深津高子さんとのコラボレーションです。

高子さんのお話はいつもとても具体的で、なので、理論が理論におわらず、色や形や手触りを持つようです。
子どもたちと、子どもたちのまわりの環境をととのえるための具体的なアイデアがいっぱい。
具体的な質問をするとさらに、すぐにやってみられるような具体的なアイデアが返ってきて、わくわくします。

たとえば前回は、6歳の子どもとお夕飯の買い物に行くときの話が出ました。子どもがスーパーなどに行って「いうことを聞かない子」のようになってしまうのは、子どもにとって、情報量が多すぎるので混乱してしまい、何かに集中したくても集中できなくなってしまうから。「お夕飯に何を作ろうか」、というところから情報を共有して、買いもののメモを書き、一緒に作る、というアイデアを、参加者のひとりの方はさっそく、実践してみましたと報告くださいました。

早速取り組んでみると、子どもがすでに持っている力を実感できました。子どもの力は侮れないですね。
子どもに対する見方が変わってくると、今まで見えていた世界が楽しいものに思えてきました‼︎
今までのように心身の疲れは感じなく、辛さが楽しさに転換されたようです。
これまで緊張状態がずっと続いていましたが、アレクサンダー・テクニークのレッスンでは呼吸を整えることに気づかされ、身体が少しずつ緩み始めました。今回、更に緩みが加速され、生きるのが楽しいと感じられるようになってきました。

ほかには、自分の子ども時代のことを振り返ったという方も多く、また、ワークショップ後、ご高齢の親御さんとのかかわり方が変わったという方もいらっしゃいました。

「すごいね!」という言葉でほめるかわりに、もう少しよく子どもを観察して、ありのままを認めて、その言葉を伝えてみよう、ということもやってみました。
それを職場で実践された方はこう言われていました。

「今までいかに『すごいね』しか言っていなかったかに気づきました。
『すごいね』と言わずに別の言葉を探すようにしたら、時間が必要なので会話がゆっくりになりましたが、
そのときの子どもの顔は、なんだかうれしそうでした。
そして会話も延々つなげなくても、子どもが満足したので、結局は短いやりとりで済んだのでした。

 

高子さんは、「自立」をテーマにお話され、「知的自立には原体験が必要」と言われていました。
つまり、「五感で感じることが、遠い将来、自分で判断するときに役に立つ」そうです。
また、「選ぶこと」そして、「選んだ結果を体験すること―失敗体験も含めて」が必要ということも言われました。
選んだ結果を気に入らなくても、大人が尻拭いをしない、自分で責任をとるという体験が大事だと。

そして、「モンテッソーリ教育は、観察ありきの教育」だということ、
また、「子どもたちに手を使う大人を見せて、人間の文化を継承することが必要」だと言われていました。

とてもインスピレーションを得られるお話でした。
そして、やはりアレクサンダー・テクニークが大事にしていることととても重なると思いました。

今回もひきつづき、
子どもたちのために、また大人になってしまったわれわれ自身の再教育のためにも、
アイデアをシェアしあい、インスピレーションをもらい、体験してみる会になればと思います。

私のほうでは、アレクサンダー・テクニークのワークをとおして、
自分が「今ここにいるという感覚」に意識を持つことや、緊張からの解放、そこから人とかかわること、などについて体験的に気づきを深めるようなことをできたらと思います。

(前回は、高子さんのお話に夢中になりすぎて、アレクサンダー・テクニークのワークの時間が少なくなってしまったので、今回はもう少しコラボらしくできたらいいなと思います。)

高子さんはこの秋には、介護にモンテッソーリを生かすためのセミナーにも参加されたとのことで、お年寄りの環境にモンテッソーリを生かすためのお話も出るかもしれません。

お子さんやお孫さんとのかかわりを見つめ直したい方、
お仕事で子どもと関わる方、
そして、直接子どもに今かかわりがない方も、
ぜひ、一緒に学びあいましょう。

【深津高子さんについて】
80年代にインドシナ難民キャンプで紛争解決の糸口を模索中、「平和は子どもから始まる」という言葉に出会い、帰国後、モンテッソーリ教育の勉強を始める。
その後、府中市にあるモンテッソーリ園に勤め、現在は全国の幼稚園・保育園に出向き、子どもの視点に立った保育環境見直し作業に取り組むほか、子育ち、環境問題など多岐にわたり活躍されています。
AMI(国際モンテッソーリ協会)公認モンテッソーリ教師、同協会元理事、一般社団法人AMI友の会NIPPON副代表、保育環境アドバイザー、フェルデンクライスメソッド・プラクティショナーでもあり、色や素材のコラージュをするアーティストでもあります。

takako y perro

【石井ゆりこについて】
1999年より東京と神奈川を拠点に、個人レッスンや、ワークショップをやっています。ミュージシャン、ダンサーなどのパフォーマー、肩凝りや腰痛、不眠、あがり症、などに悩む方、介護職、針灸師、整体師などの方などが来られています。自分の心とからだを自分のものとして取り戻すというテーマに興味があります。ギター弾き語りが趣味。国立音楽大学非常勤講師。
著書『無駄な力がぬけてラクになる介護術』誠文堂新光社、
『演奏者のための はじめてのアレクサンダー・テクニーク』ヤマハ・ミュージック・メディア
http://www.littlesounds.com/

関連リンク
・前回のモンテッソーリとアレクサンダー・テクニーク・ワークショップ案内(2016年)
・モンテッソーリ園に行って子どもたちを観察してきた話(2011年)

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10/29(土)10:30~17:00(お昼休憩あり)
場 所:東京都文京区
………お申し込みの後、ご案内をお送りします。
参加費:8500円
定 員:10名
講 師:深津高子/石井ゆり子
お申し込み、お問い合わせ:
yuriko@littlesounds.com までメールで以下をお知らせください。
1) お名前 2) お電話番号
3) このワークショップをどちらで知りましたか?
4) その他、参加するにあたって、特に興味があることなどをお知らせください。)

 

石井ゆりこによる東京と神奈川・湘南でのアレクサンダー・テクニーク・個人レッスンのスケジュールはこちら

7/16(土)育つことのお手伝い&自分のなかの子どもを育てる (モンテッソーリ教育と、アレクサンダー・テクニーク・ワークショップ)

第二弾は2016.10.29 (土) に都内で行います。お申し込み受付中。(10/10記)

31年間、モンテッソーリ教育に携わってきて、日本各地でモンテッソーリ教育を広めている、深津高子さんと一緒に、
モンテッソーリ教育と、アレクサンダー・テクニークのコラボ・ワークショップをします。

深津高子さんは、2008年にエクアドルの森林農法のコーヒー園などのツアーに行ったときにご一緒して知り合った、尊敬する年上のお友達です。フェルデンクライス・プラクティショナーでもあり、コラージュをするアーティストでもあります。
高子さんのお話に感銘を受けて、2011年に一度、コラボワークショップをしました。
”子育ち”ワークショップ:育つことのお手伝いをする

そして私は、これは、子どもに関わるときにももちろんだけど、そうでなくても、自分自身のためにも、とても勉強になるのではないかと思い、そのあと、モンテッソーリ教育の10日間コースに参加しました。
幼稚園に子どもたちの観察に行ったりする機会も得て、とてもよい機会になりました。
幼稚園に子どもたちの観察に行く機会も得て、とてもよい機会になりました。

アレクサンダー・テクニークとモンテッソーリ教育は、考え方が共通する点が多いなあと私は感じます。

実際、同時代の人であり、最近知ったのですが、アレクサンダーが英国でやっていた子どもたちのための学校では、モンテッソーリのトレーニングを受けていたアレクサンダー・テクニーク教師が指導にあたっていたそうです。

先日、高子さんと話したのは、
ひとりひとりが「自分で考える」ことの大切さについてです。
高子さんは、「自分で考える」ことができるようになるために必要なことは、
幼いころから五感を育てること、「私の感じ方」を身につけること。

ひとりひとりが「自分で考える」ということ、「私の感じ方」を身につけることは、
私も、アレクサンダー・テクニークを通じて伝えたいことなのです。

そしてそれは、われわれが子どものころから、持っている力だ、ということを、
私はモンテッソーリ教育に触れることで、あらためて学びました。
(そして、学びながら、自分の子ども時代のことを思い出しました。)
子どもがすでに持っている、ものごとをとらえ、自分なりに考え、自立していく力をどう尊重して、
育つことを邪魔しないか、ということだと思います。

具体的に子どもたちのために、そして自分自身のために、
どんなことが工夫できるのか、アイデアをシェアしあい、インスピレーションをもらい、
体験してみる会にしたいと思います。

大人の声がけの仕方、あるいは環境の整え方(モノのデザイン、その置き方など)によって、どう、子どもの自立をサポートできるか、など、いろいろ具体的なお話が出ると思います。(映像もあり)。

また、高子さんは、モンテッソーリ教育を介護に使うことにも興味をもっておられ、
そういうお話も聞けるかもしれません。

私のほうでは、アレクサンダー・テクニークのワークとしてひとりひとりにハンズオンをとおして、
それぞれの”自分の今”と、”そこから育っていく何か”について、体験を深めるようなことをできたらと思います。
そして、まず自分自身に対して、”邪魔をやめる”やりすぎをやめる”こと
それによって、自分自身に対する信頼感を深めることにつながればと思います。

お子さんやお孫さんとのかかわりを見つめ直したい方、
お仕事で子どもと関わる方
そして、直接子どもに今かかわりがない方も、
ぜひ、一緒に学びあいましょう。

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7/16(土)10:30~16:30(お昼休憩あり)
場 所:藤沢市 littlesounds鵠沼スタジオ
………お申し込みの後、ご案内をお送りします。
参加費:7500円
定 員:8名
講 師:深津高子/石井ゆり子
申込み・お問合せ:
yuriko@littlesounds.com
電話 090-2535-6009
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【深津高子さんについて】
80年代にインドシナ難民キャンプで紛争解決の糸口を模索中、「平和は子どもから始まる」という言葉に出会い、帰国後、モンテッソーリ教育の勉強を始める。
その後、府中市にあるモンテッソーリ園に勤め、現在は全国の幼稚園・保育園に出向き、子どもの視点に立った保育環境見直し作業に取り組むほか、子育ち、環境問題など多岐にわたり活躍されています。
AMI(国際モンテッソーリ協会)公認モンテッソーリ教師、同協会元理事、一般社団法人AMI友の会NIPPON副代表、保育環境アドバイザー、フェルデンクライスメソッド・プラクティショナーでもあり、色や素材のコラージュをするアーティストでもあります。

takako y perro

【石井ゆりこについて】
1999年より東京と神奈川を拠点に、個人レッスンや、ワークショップをやっています。ミュージシャン、ダンサーなどのパフォーマー、肩凝りや腰痛、不眠、あがり症、などに悩む方、介護職、針灸師、整体師などの方などが来られています。自分の心とからだを自分のものとして取り戻すというテーマに興味があります。ギター弾き語りが趣味。国立音楽大学非常勤講師。
著書『無駄な力がぬけてラクになる介護術』誠文堂新光社、
『演奏者のための はじめてのアレクサンダー・テクニーク』ヤマハ・ミュージック・メディア
http://www.littlesounds.com/

石井ゆりこによる東京と神奈川・湘南でのアレクサンダー・テクニーク・個人レッスンのスケジュールはこちら

子どもとのアレクサンダー・テクニーク・レッスン

アレクサンダー・テクニークのレッスンに、最近、お子さんもいらしてくださるようになりました。

レッスンしていて、子どもがどんどん生き生きして、最後は飛びはねながら帰っていくようなこともあって、私も楽しくレッスンしてます。

今のところ、レッスンを受けているのは、7歳ぐらいのお子さんからです。
もう少し小さくでもレッスンできるかな? やってみないと、わからないかも?

音楽が好きで楽器を習っている子どもや、スポーツをやっている子どもや、
あるいは、何か特別なことをやっているわけではなくて、ただ日常のなかで、「姿勢が悪くて」すぐに”ぐにゃっ”としてしまうことを保護者の方が心配して、来られることもあります。

小さなお子さんとのレッスンでは、

・いろいろな動きをやってみること
・テーブルに寝た姿勢でのワーク (意外とライダウンワークが好きな子どもが多いようです)
・何か興味があることがあれば、それをやってみる(楽器や、スポーツや、遊びや、その子どもが興味を持ってよくやる動きや姿勢を)
・少し大きい子どもなら、骸骨の模型を見たりしながら、人間の構造に興味を持ってもらう

ということなどを中心に進めていきます。

子どもにレッスンするときに大事にしたいと思っていることは、
「こうするべき」ということを教えるのではない、ということです。

大人の場合でも、実は同じなのですが、
子どもはとくに、大人から「こういうときは、こうするべき」と、言われる機会がすごく多いと思うのです。
それが必要な場面もあるかとは思いますが、
アレクサンダー・テクニークのレッスンに関しては、
「するべきこと」を、他人から聞いて、そのとおりにやれるようになることに価値をおくのではなく、
「こういうふうに思ってみたら、こうしてみたら、どうなるかな?」と、可能性をみせて、
やってみる、あとは、それを使うかどうかはその子どもにゆだねる、
というスタンスを大事にしたいです。

でも、なにか興味があるアクティビティがやりやすくなったり、からだが楽になったりするとうれしい、
というのは、大人も子どもも同じですね。

レッスンを受けてもすぐに忘れてしまうかもしれないけれど、それはそれでかまわない。
体験したことは、覚えているし、使う必要が出てきたら、使えばいい。
そして、わかりやすく「姿勢」としては表に現れないレベルですでに心身のコーディネーションが働きはじめている、ということもあるので、それを信頼したいと思います。

小さいお子さんの場合、保護者の方がつきそいで来られる場合が多いですが、
そういうときは、保護者の方にもなるべく一緒に参加していただきたいと思っています。
動きのゲーム(よつばい歩き、背中をあわせたり、足をあわせたり、手を動かしたりするゲーム)を、一緒にやってみたり、
可能なら、大人と子どもそれぞれ、ひとりひとりのワークもできたら、ベストです。

保護者の方は、自分はいいから、子どもに・・・、と、思われるかもしれませんが、
お父さんやお母さんがレッスンをして、ふだんと変わってより生き生きとした姿を見ると、子どもは興味の持ち方が、がぜん、変わってきます。
同じことをやっていても、このように質が変わるのだな、ということを、目の当たりにして見るのは大きいです。

そして、親子で、同じような癖をもっていることに気づくことも多いです。
ただ、大人でも子どもでも、「癖を直しなさい」と、人から言われたくはないですよね。
けれど、癖はお母さんでも子どもでも、誰でも持っていて、それを変えたければ変えることができるんだな、
ということがわかれば、
少しゆったりとした心持ちで、遊び心をもって、家に帰ってからもときどき親子で思い出してみられるかもしれませんね。

アレクサンダー・テクニークlittlesoundsでは、子どもも大人も、親子でも、レッスンを随時受け付けています。

モンテッソーリ園に行って子どもたちを観察してきた話

9月に、モンテッソーリ教育のアシスタントコースというのに参加しました。
モンテッソーリ教育の考え方のエッセンスを、10日間集中して学ぶのです。今回日本ではじめての開催だそうです。(もちろん、モンテッソーリ教育の教師になるにはもっとずっと長い時間が必要です。これはまあ、エッセンスを学ぶコース)。
深津高子さんからモンテッソーリ教育のお話を聞いて、興味が沸いていた私は、もう少し知りたくなっていたので、よいタイミングかも?と思って思い切って参加してみました。

10日間の講義のほかに、8時間の観察実習という時間があって、それは、保育園に行ってやります。

モンテッソーリ教育では、「観察」を、とても大事にしています。
なにか問題が生じたときも、よく観察してみると、自ずと答えが見えてくることが多いとのこと。
でもその観察には、練習が必要だ、と言われました。
観察実習は、その練習の一環です。教え方を観察するのではなく、子どもたちを観察します。解釈したり、何かの答えを得る必要はなく、ただ観察するだけです。

(ちなみにこの「観察」は、アレクサンダー・テクニークでもとても大事なことですね。アレクサンダー・テクニークではとくに、自分自身を観察することが大事。)

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金曜日に、観察実習のために、保育園に子どもたちの観察に行きました。
保育園なんて、ふだん行かない場所だし、それに保育士さんたちのことはつねづね尊敬しているので、すごく緊張してしまったけれど、観察をはじめたら、とてもおもしろかったです。

自分は子どもとかかわらず、目立たないように座って、判断ぬきでひたすら子どもたちを観察して、ノートを取るのです。ノートは清書したり、あとで書き足したりせずに、コピーして提出するのですが、それはそれとして、感想も交えて、ここに書いてみます。

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まず園に行って印象的だったのが、先生が、大きい声を出さないところだった。
用事があれば、用事がある子ども(達)の近くに行って、普通の声で話す。そういう大人と一緒にいるからか、子どもたちも、ギャーギャー叫んだりしない。

一度だけ、男の子が金切り声をあげて、それからえんぴつを片手に、ほかの子になぐりかかるまねをした。
みんなそっちを見て、ある子は耳をふさぐ。
先生が、男の子だけでなく、男の子のまわりにいた子達をみんな呼んで、「なんで○○ちゃん、こんなに怒ってるの?」と、みんなに状況をまず聞いて、それで対処していた。

大人の役割は環境を整えることで、指導することじゃない、という。
それで子供達は全然カオスになったりしていなくて、それでいて生き生きしていた。

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部屋の中、ピアニカを吹いてる子や、字のゲームをやってる子、見本を見ながら折り紙をやってる子、
ひとりでやったり、グループでやったり、それぞれ、いろんなことをしていた。

私は机に向かって並んで座って紙に何かを書いている4歳位の男の子たちの背後、少し離れたところに座り、その子たちを観察することにした。

そのうちのひとりの男の子が、最初、椅子に、片方のお尻だけを乗せて座ったり、いろいろ座り方を変えたり、隣の子をのぞきこんだりしていた。
しばらくしてそのうち、集中してくると、座り方も変わって、アレクサンダーでいう上向き方向が自然に出てきた。
そして書いた紙をはさみで切りはじめた。隣の子たちは書くのをやめて、道具をしまいに行ったが、ひとり残ったその子は、そのまま続けていた。

それから立って、セロテープを使っている子にセロテープを借りに行った。
セロテープ、使っている最中だったようで、使う分だけ切って持ってきた。
切った紙を貼り合わせて、それから紙を置いて席を立って、「シュワッ」とか言いながら、ちょっと武術っぽいような、大きな動きを何度かして、また席に戻って、作業を続ける。

しばらくして席を立って、糊を使っている子に借りに行くが、使っている途中だったようで、貸してもらえない。
セロテープを使っている子のところに行き、だいぶ長いこと待って、ようやく借りてくる。
すぐに別の子が来て、「ねえ、セロテープ貸してくれない?」
「えー!」
「じゃあ、一緒にここでやろう」と、その子は隣に座る。そばにいたら、貸し借りも、しやすい。

しばらくして、剣ができたようだった。

使っていた紙が薄い紙だったので、貼り合わせてもへなへなで、剣にしては心もとないように、大人の目からは見えたけど、本人は気にしてないよう。
それを「シュッ」と言いながら、その場で振り回してみる。
通りがかった子が「なにそれ?」と言う。多少、冷ややかそうな言い方にも聞こえたけど、本人は気にしてないよう。満足そう。

トレイに載せたはさみを、棚にもっていき、はさみを瓶にいれ、トレイを置く。
トレイに載せた色鉛筆を、別の棚にもっていき、色鉛筆は一本づつたしかめながら、色別に、瓶に入れて、しまう。そしてトレイを置く。

それから彼は外に遊びに行った。

—–

モンテッソーリの講義で学んで印象的だったこと
「大人の役割は指導することではない。環境を整えること」

このことは、ほんとうに、繰り返し出てきた。
その意味が、モンテッソーリを取り入れた園に観察に行って、少しわかった気がした。
大人は、先生も含めて、黒子に徹していて、目立たない。

ほかに印象的だったことは、正常な成長から逸脱してしまった子どものために必要なことは、
「集中できる経験」 「真の満足」 「自分の力を使って『できた!』という経験」
とのこと。

 「子どもは秩序を愛する」という話も印象的だった。
それも、今回、園に行って、ほんとにそうなんだな~と思った。
片付けやすい環境が整っていれば、子どもは、片付ける。 それも、いやいやとか、面倒くさそうにではなく、片付ける行為自体を楽しんでいるように見えた。

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お昼を食べるところも観察させていただいた。
大人が正座してちょうどいいくらいの配膳台があって、お盆を持っていって並んで、おたまでおみそしるを、子ども自身がいれて、お盆を食卓に持ってきて、お皿を全部並べたら、お盆をいったん返してから、食事をはじめていた。
みんなお箸で上手に食べていて、その様子も、なんだか美しい食事風景だった。

震災のときの子どものケアについて

みなさん、いかがお過ごしですか?

国際モンテッソーリ協会理事の深津高子さんから、
「幼い子どもたちが避難する際のケアについて」
というレポートが、私が購読しているメーリングリストあてに届きました。

子どもの目線に立った、すばらしいレポートだと思います。

後日註 )震災の直後に届いたレポートでしたが、震災以外のトラウマに遭われた子どもや大人のケアのためにも役立つと思います。
また、避難に限らず、引っ越しなど、環境が変わるときの子どものケアにも役立つと思います。

避難している子どもたちはもちろん、首都圏でいまのところ被害が少なくて、地域にとどまっている子どもたちをケアするときにも、役に立つと思います。深津さんの許可を得て掲載します。

地域にとどまっている子どもたちと、保護者の方がたには、後半の
【地震のときの対応】【被災地での本や話の内容】が、とくに役に立つと思います。
また、【避難先に着いたら】のなかの、「手や体を動かしましょう」「お手伝いもしてもらいましょう」というのも、家でもできることですね。

そしてもちろん、平常に戻ったときの子どもとの接し方にも、普遍的に役に立つと思います。

また、深津さんも最後に書いているように、大人が安心することにも役に立つと思います。

 

もくじ
【新しい避難場所が決まり、移動する時】
「0歳から3歳 穏かに安心感を伝えましょう」
「3歳から6歳 具体的に伝えましょう」
「6歳から12歳 大切な価値を伝えましょう」

【避難先へ向かう準備】
「自分のことは自分で」

【避難先に着いたら】
「0歳から3歳 場所や順序を保ちましょう」
「手や身体を動かしましょう」
「お手伝いもしてもらいましょう」

【地震のときの対応】
「言葉以外の表情や仕草にも配慮をしましょう」
「怖さを軽減してあげましょう」
「言葉をいったん受け止めましょう」

【被災地での本や話しの内容】
「現実に即した絵本を読んであげましょう」
「Good Newsを子ども達に!」
「安心感を与えるためにできること」

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【新しい避難場所が決まり、移動する時】

「0歳から3歳 穏かに安心感を伝えましょう」

まずどんなに幼い子どもでも、大人がせわしく動いたり、険しい表情の大人が真剣に話しあったりしていると、「何かいつもと違う」、「何か変化が起きる」ことを感覚的に察知しています。

ですからお子さんが乳児でも、18か月の赤ちゃんでも、 2歳児でも、きちんと目を見て、これから何が起こるかを平常心で話してあげてください。

大袈裟に「遊びに行くんだよ!」と嘘をつくより、「みんなで一緒に、○○というところに(電車、バス、新幹線etc)で行くんだよ。」と事実を穏やかに伝えてあげてください。

また「大人も一緒に行くこと」を強調して、不必要な心配を取り除いてあげましょう。2,3才なら小さなリュックに水筒や必要最低限の軽い荷物を背負うこともできますね。

マスクをいやがる様だったら、いつもうまくいくとは限りませんが、何かマジックで絵を描いてあげると効果があることもあります。

「3歳から6歳 具体的に伝えましょう」

行く場所の固有名詞をきちんと伝えましょう。「○市にある誰々さん宅のお家…」のように、できるだけ具体名をきちんと伝えてあげることで、不安感が減少します。また交通手段も教えてあげると、鉄道好きの子どもたちは、それだけでも嬉しい要素が増えます。

地図を見せて、「今ここだけど、ここまで行くんだよ」と具体的に説明することが安心感を与えます。

「どうしてお家を離れるの?」「いつまでいるの?」と聞かれることもあると思います。各家庭で判断して、分かりやすい言葉で説明してあげるのが一番だと思います。

但し、「遊びに行く」というよりも、「ここにいると、だんだんと空気が汚れてくるから、もっときれいなところに行くんだよ」

「空気がきれいになったら帰ろうね」などと説明してあげると、なぜ道中マスクをしなければならないか、なぜお茶やジュースを飲むときにも、ストローでマスクの隙間から飲むのかなど、いろいろな注意すべきことに理解を示し協力してくれて、移動の道中が少しでもスムーズになるでしょう。

「6歳から12歳 大切な価値を伝えましょう」

この時期は、3-6才の時よりずっと学校の友だちやグル-プ活動が大事な時期にきています。友だちとしばらく離れるので、是非、滞在先の住所、電話番号などを教えてあげましょう。

もしかするとインターネットで避難場所への一番効果的な交通手段、時刻表などを検索するお手伝いをしてくれるかも知れません。そうすると、道中の交通手段が自分の調べた通り行くと、子どもは家族の役に立ったと感じ、家族の一員として小さな自信につながります。

できる範囲で、きちんと今の状況を話してあげましょう。もう既に TVや映像で、もうかなり見て知っている子もかなりいます。原発の話し、放射能の話し、子ども達が被爆しないように安全な場所に移動することの価値など、科学的な数字ももう分かる年頃です。

もしかするとチェルノブイリのことも調べて知っている子も多いでしょう。TVから日々、何度も何度も繰り返される津波や地震や原発の恐怖を知らせる映像は、できる限り制限しましょう。反面、できる限り前向きのニュース、「80歳のおばあちゃんが助かった」、「病院に足りなかった薬が届いた」など、実際に起こったよいニュースを伝えてあげましょう。

小学生になると想像力が旺盛になるので、いろいろな質問攻めにあうでしょう。

「いつまで家を離れるのか」、「新学期から学校に行くのか」、「友だちも一緒に同じ場所に行くのか?」

3歳から6歳の頃と違って、かなり先を見通す力や洞察力の表れだと思って、感情的にならずに対応してあげてください。

また「友だちの○ちゃんちは行かないのに、どうしてウチだけ行くの?」という質問もしてくるでしょう。これも6歳から12歳という集団を好む時期に現れるごく自然な脳の働きです。

つまり倫理観や道徳心、正義感などが強くなり、大人の自己矛盾に気づいたり、親が白黒はっきりしないことなどに対して強く抗議してきます。

ですから、この機会は、その家庭なりの「大切にしている価値観」を伝えるよいチャンスだと思って、わかりやすく説明してあげましょう。「お母さんたちは、あなたが宿題をするより、生命の方が大事だと思うの」とか「生命は大切なもの」「あなたは掛替えのない大切な人」ということを伝える良いチャンスになるかも知れません。

【避難先へ向かう準備】

「自分のことは自分で」歩き始めた子どもは、身の回りの自立(くつを履く、服を着る)ができるようになりますが、3-6才や小学生になるとある程度の荷物作りもできます。これは自分の荷物を自分でつくるという自立の絶好の機会です。

目的地の季候や住まいの様子を伝え(または調べさせ)、自分で必要と思える衣服や下着、文房具などを最低限の荷物を、自分でリュックなどに詰めさせることです。

兄妹姉妹が多い家庭なら既にやっていると思いますが、このような緊急事態に備える為にも、自分のことを自分で考えるきっかけにもなります。

そして、自分の荷物は自分で持つことが鉄則ですので、自分が抱えきれないような荷物は、最初から持たないこと。あまりに沢山持って行きたい子どもには「AとB(またはC)の中でどれがいい?」と選択肢を与えて、よく自分で考えるチャンスを与えてあげましょう。

【避難先に着いたら】

まず何歳であれ、「よく最後まで頑張ってついてきたこと」 を誉めてあげてください。疲れているし、何が何だかよく分からない様子かも知れませんが、一緒に遠い旅をしてきた
ことをねぎらいましょう。

「0歳から3歳 場所や順序を保ちましょう」

子どもに、お世話になる家人を紹介するだけでなく、部屋のオリエンテーション(説明)もしましょう。(『デチタ!』の22~23ページ参照)

赤ちゃんでも抱っこして、ここで寝るんだよ。ここで食べるんだよ、遊んでいいところ、トイレ、お風呂などです。そしてオムツを変えるのも、授乳(哺乳瓶でも)、いつも同じ場所(一つの部屋であっても同じコ―ナ―)でします。食べるのも同じ場所で、ころころ変えないことが新しい場所に慣れる一番の近道です。

0歳から3歳の時期は秩序の敏感期なので、順序や、位置が同じであることに子どもは安心感を得ます。お布団の位置や寝る方向も同じようにします。オムツを変えるときの儀式(話しかけることば、足のマッサージなど)や、寝る前の儀式(絵本を読むなど)があれば、それも毎日同じルーティーンでしてあげてください。

もう歩ける子だと、家のどこに何があり、使い方、注意などを現場に連れていってゆっくり話してあげてください。あまり難しいことを沢山話す必要はなく、きっと疲れているので、簡単に全体的なオリエンテーションすることで安心感を与えます。

「手や身体を動かしましょう」

0-6才は、運動の敏感期にいて、動くことで学ぶ時期なので、彼らは毎日動く必要があります。

それはスポーツでも、お手伝いでも、大工仕事や料理、特にもちつき、田植えなど、人とする協同作業がいいですね。もしあるようなら、ボール(赤ちゃん用の柔らかい小さいボール、サッカ―ボール、膨らませるタイプの大きいボール)、縄跳び(短いのと、大縄両方)、バドミントンなどの2人でできるゲーム類。また単純な遊びですが、ゴム風船をふくらませて、パッと手を離しそれを皆で追いかける遊びも大好きです。

反面、あまり外で遊ばないタイプの子どもでも、手や腕を動かして何かを描くことも楽しいでしょう。言葉に出せない悩み、小さな胸に抱えている心配などを表現することにもつながります。

「お手伝いもしてもらいましょう」

この時期の子どもにとって、「遊ぶ」ことと「お手伝い」の境目はありません。できる限り昼間は外で遊んで、食事の際に歩行児ならお皿やコップを運んだり、調理のお手伝い(サラダをちぎる、混ぜる、ジャガイモの皮をむく、ゆで玉子の殻をむくなど)に参加させましょう。もし他の家族もいて大家族で滞在している場合、2、3歳くらいなら「配膳」「お片づけ」「枕ならべ」などを手伝ってもらいましょう。4、5歳くらいで力のある子なら、「布団しき」「布団たたみ」「風呂の掃除」など、ゴシゴシ系も大好きです。自分の衣服を畳んだり、同じ場所に自分の荷物を置いたりして、あたらし場所でも秩序(いつもそこにある)が一番安心感をもたらせます。

6歳から12歳なら、もっとダイナミックな手伝いができるでしょう。ある意味でボランティア的な活動です。同じ年齢の子どもたちがいれば、グループで相談して問題解決をし、決めたことを実行するのは最高ですね。なにせ彼らは「プロジェクト」が大好きなのです。

【地震のときの対応】

リンク先12「言葉以外の表情や仕草にも配慮を」まず大人が(子どもの前だけでも)落ち着くこと。「大丈夫だよ」というメッセージは言葉だけでなく、声の出し方、イントネーション、表情、仕草、動きからでも十分伝わります。もちろん抱きしめたり、頬ずりしたり、手をつないだりすることは言うまでもありません。「大好きだよ」というメッセージもこの時期、非常に大事と思います。

0歳から3歳は、「地面が動いた」ことも感じていない子どももいます。ずっと寝ていた子どももいますね。以前、私のクラスでも保育中に何度か地震がありましたが、大人が落ち着いていると、2歳から6歳の子どもたちでも全く平常心でパニック状態にならず、「押さない」、「走らない」、「しゃべらない」=「お・は・し」の約束を守っていました。(但し、緊急事態で逃げる必要のあるときは例外です)

「怖さを軽減してあげましょう」反対に、地震によってかなり深く恐怖を感じてしまった子どもは、風が吹くだけでも、窓を叩く音や、消しゴムを使って机が揺れるだけでも、身体を固めてしまい、ビックリする子もいます。「何かが動くことが怖い」とトラウマになっている子には、事前に言葉がけが必要かも知れません。「今、消しゴム使うよ」と今から何かが動くことを予測できるようにしてあげると、不安要素が減少すると思います。

「言葉をいったん受け止めましょう」またよくあることですが、「怖かった!」と表現をした子に対して、スグに大人は「大丈夫だよ!」と励ましがちですが、一度は「そう、怖かったんだ」と、きちんと子どもの「怖かった」という気持ちに共感してあげることが大切です。それから「でも、大丈夫だよ」と伝えると、子どもは受け入れてもらって、なおかつ大丈夫なんだという気持ちになるでしょう。

【被災地での本や話しの内容】

「現実に即した絵本を読んであげましょう」寝る前に、本を読んであげる儀式は続けてあげましょう。抱っこしたり、2人を膝に抱いたり、一日の中で、親子にとって、ゆったり安心できる時間です。様子をみて、同じ本が飽きてきたら、別の本を紹介してあげましょう。本の選び方:0歳~3才は、『デチタでチたできた!(以下デチタ)』にも紹介しましたが現実に即した絵本をご参照ください。

幼い子どもは、知っていることは非常に理解しやすく、愛着を感じます。それは食べたことのある果物でも、見たことのある動物でも、トラックでも、季節の移り変わりでも該当します。でも5,6才くらいから徐々に想像力が増し、目の前になくても思い描いたり、過去や未知の世界やファンタジーのお話も、彼らのイマジネーション能力の発達と共に紹介していくと大変喜びます。

「Good Newsを子ども達に!」

悲しくて恐ろしい体験や映像を見てきた子には、人間が本来持つ「良い姿」を紹介してあげましょう。例えば、本来、人は協力しあって生きていくことがわかるような本やお話です。昔、ポルポト政権下で傷つけ合う大人の姿ばかりを見てきた子どもたちが、難民キャンプの病院で、初めて医者が患者を救う姿を見て「本来人は、人を助ける存在だ」と感動した話を覚えています。

以前、神戸の地震のとき、クラスの子ども達にスイスからやってきた救助犬の話をしました。「ワンワン」と鳴くときは「人が生きてるゾ!」というサイン。「クンク~ン」というのは「人が死んでいる」というサイン。でも沢山「ワンワン」鳴いてくれて、がれきの下にいる人を助けてくれたんだって話した数年後。チリ沖の地震のとき、一人の子どもが「ねえ~、スイスから今度も犬、行ったかな~」と聞いて来て、私は何のことやら思い出せず、やっと後で救助犬のことだと分かりました。子どもたちは、人間が助け合ったり、動物がやさしい行動をしたりする本当にあった話が大好きです。

「安心感を与えるためにできること」

親しい人に会う→「アッ、○○ちゃんだ~!」と友だちや親せきの人が避難場所に訪ねていくと大喜びする。

笑う→言葉で遊ぶ(しりとり、○がつく言葉、反対言葉、なぞなぞ、手遊び、会話、ダジャレ)日常的な作業をする→掃除、洗濯、料理、手工芸などはグラウンディングや安心感につながる明るい希望のある話題を探す。→「7日ぶりに人が見つかった」「赤ちゃんが生まれた」など。

歌を歌う(輪唱が効果的)→何人かで一緒に輪唱をすると人の和、協力が感じられる、楽器を弾く→不安な脳を、前向きな脳、考え方にシフトしてくれる人が人を助けている風景を見る。

手紙を書く、もらう(メールができない場所ではハガキと鉛筆が大活躍!彼らに手紙を書くボランティアもあるといい)

絵を描く、コラージュを作る、写真を撮る。残っている家族に送るファミリービデオを子どもが企画・製作する。

以上、これらは大人の安心感にもつながると思います。

深津高子(国際モンテッソーリ教師/幼い難民を考える会理事)

2歳の男の子と言葉

先週のはじめ、EYEBODYという、アレクサンダー・テクニークと見ることについての合宿セミナーに参加しに京都に行ってきました。

とても学びが多かったので、そのことについて書きたいのですが、盛りだくさんだったので、何から書いたらよいのか迷います。セミナーやワークショップに参加するといつもそうなのですが。。もう少し消化して、おいおい書きたいと思います。

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さて、そのとき、私は友人の家に泊めてもらっていました。
友人の家には2歳のH君という男の子がいるのですが、その男の子としばらく一緒にいたのが、とても楽しかったし、おもしろかったのです。

H君はみかんが大好きなのです。
たまたま私は小田原のみかんをおみやげに持って行っていたのですが、それを朝、棚の上に見つけて、
「あ、みかん!」と指さします。
そして
「みかん食べる!」「みかん食べる!」「みかん食べる!」

お母さんにもらって、ひとつ食べました。

それからしばらくして、お昼前、
みかんのことを思い出して、

「みかん食べる!」「みかん食べる!」「みかん食べる!」

「お昼ご飯の前だからだめだよ。ご飯食べ終わったら食べよう」
とお母さんとお父さんに言われたのだけれど、

「みかん食べる!」「みかん食べる!」「みかん食べる!」
「みかん食べる!」「みかん食べる!」「みかん食べる!」
「みかん食べる!」「みかん食べる!」「みかん食べる!」

と、泣きながら訴えています。
お父さんが抱いてあやしても、「みかん食べる!」と、言い続けて止まりません。
お母さんは根負けして、「じゃあ、一房だけあげよう」

それを聞いたとたん、H君、
お昼ごはんが並んだ食卓の自分の椅子に座り、
すでに並んだお昼ご飯の、ご飯とおかずとスープのお皿を全部、向こう側にどけて、みかんのためにクリアーなスペースをつくります。

手の空いていた私がみかんを剥いて、一房、H君にあげました。
H君、おいしそうに食べて、満足げ。
そしてすぐに、いましがた向こうにどけた、ご飯とおかずとスープのお皿を手前に戻して、機嫌よくご飯を食べ始めました。

一房のみかんをとても大切に食べて満足した様子が、すてきでした。

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H君は、自分の行動を全部、言葉にします。
「みかん食べる」「みかん食べてる」「みかん食べた」
という感じに。。

(あ、みかんのときは、食べるのに熱中してたから、食べながら「みかん食べてる」とは言わなかったかな? 本を読んでいて、本の中の登場人物のことを「みかん食べてる」「おふろ入ってる」とかは、言っていました。)

学校で外国語を習うときには、まずは現在形しか習わず、それから過去形や進行形(「みかん食べてる)や、完了形(みかん食べた)という時制を習うけれど、
生の言葉はそうではないのだなあ、ということが、よくわかります。

ちなみにGDM(Graded Direct Method)という言語の学習法を、私は少し勉強したことがあるのですが、そのやり方では、このH君みたいに、ひとつの単語の進行形や過去形も一緒に学ぶというやり方でした。生の覚え方に即しているのだなあ。

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ただ、未来のことはH君は、まだよくわからないみたいでした。

H君は電車も大好きなので、
私が新幹線で帰るのを見送りついでに、お母さんと一緒に新幹線を見に京都駅まで行こうということになりました。

お母さんが晩御飯のときH君に
「あした新幹線見に行こうか?」
と言ったらそれはそれは大喜び!
ひっくり返って喜んでいます。

でも「あした」というのはよくわからないらしく、今すぐ行くつもりになっちゃって、
「新幹線見に行く」「新幹線見に行く」「新幹線見に行く」
「新幹線見に行く」「新幹線見に行く」「新幹線見に行く」

私たちが動こうとしないので、だんだん、泣きべそに変わってきてしまいました。

「あした見に行こうね。今日寝て、あした起きたら行こうね」
と、私が言ったら、

「寝る!」

と、今すぐ寝ると言うのです。

今すぐ寝なくても、お風呂入ってから寝たんでも十分間に合うよ、あしたはちゃんと来るからね。

と言っても、まだわからないんだろうな。

でもなんとか、お風呂も入って、次の日、新幹線のホームまで見送りに来てくれたH君とお母さんのNちゃんでした。

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Hくん、自己主張がはっきりしているなあと思われるかもしれないし、それもたしかにそうなんだけれど、それだけではなく、言葉を思い出したら、行動とつなげずにはおちつかない年齢なのかな、と、思いました。

こんなに言葉と行動が一致していたときが、私にもあったのかなあ、と思うと、不思議な気もするし、なんだか、いいなあ、と思います。

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もうひとつ不思議だったこと。

最初は人見知りして、お母さんの後ろに隠れていたH君が慣れてくると私の名前を「ゆりこちゃん」と呼んでくれるようになりました。

ただ、お母さんのNちゃんも、お父さんも、私のことは「ゆりちゃん」と呼ぶのです。
「ゆりこちゃん」と呼ぶ人は少ない。
どこで、覚えたのかな?

あとで相方にその話をしたら、
「H君にあなたが『ゆりこです』と自己紹介したんじゃない?」
ああ、たしかにそうだった。
でも、その自己紹介のときには、本人は人見知りして、すぐおかあちゃんの後ろに隠れてしまっていたけど。。

「でもきっと、本人が言ったことを、いちばん覚えてるんだよ」

なるほどそうかもね。

7歳の男の子とカフェをやる

先日、池袋でやったスロービジネス見本市というイベントで、カフェでコーヒーとマヤナッツを出すお手伝いをしました。

イベントでは、友人・知人の発表があったり、前後に友人たちが泊まりにきていろいろおしゃべりをしたりして、よい刺激を受けました。

さて、カフェをお手伝いしたときの話ですが、カフェ担当のなかに、7歳のY君という男の子の名前がありました。

Y君は、お母さんと一緒に来るのかな、と思ったけど、お母さんはちらっと挨拶しただけで、別の仕事のほうに行ってしまい、あとは大人に混ざって仕事する気まんまんで、堂々とそこにいるので、私は少し前に教わったコーヒーの入れ方を、一緒にやりながら説明しました。Y君は一度やるとすぐ覚えました。それだけじゃなく、誰かが何かや誰かを探しているとすばやく走って持ってきて(連れてきて)くれるし、全体の目配りは行き届いているし、とても助けられました。

コーヒーを入れるのも、私など以上に手際がよかったのでやってもらってもいいな、とも思ったけど、よりむずかしいかもしれない会計を、やってみたいということで、会計をやってもらうことになりました。カフェが空いている間はお金を受け取り、おつりを渡し、お店を閉めてほっと一息ついていたら、「お金を数えなくちゃ」と、全部数えるところまでやってくれていました。

Y君はひまな時間ができるのは、苦手そうだったかな。

おもしろかったのは、「子ども用のコーヒーを出そう」と彼が思いついたことです。試飲してみたら、普通に淹れたコーヒーはちょっと彼には濃すぎて、熱すぎたようで、薄めてミルクとお砂糖を入れて飲んだのですが、それをメニューに出したいということです。

それはいいアイデアだけど、でも子どもはY君をいれて二人しかいないから、注文があったときに出す形でいいよね、と言ったのだけど、「いや、子ども用のコーヒーも一つポットに作っておいて準備したほうがいいよ」ということで、何度か問答したけど、譲らなかった彼でした。

それで彼は別の担当者と一緒に子ども用のコーヒーのポットを準備し、『子ども用コーヒー』と札を貼りました。値段は、大人用が200円なのに子ども用は250円、となっていました。スペシャルだからかなー?(実際には割引して200円で出しました。)

でもやっぱり、子どもが少なかったので、あまり売れなくて、「大人の人も飲んでいいですよ」ということになって、何人かの大人が注文したら、Y君はとても喜んでいました。

やっぱり自分がおいしいと思うものを、人に出したいと思うのは、サービス業の原点なのかも、なんて、思いました。

7歳、小学一年生というと、仕事をする、というイメージが全然なかったのだけど、すごく大事な役割を果たしてみんなを助けてくれていて、ありがたかったのと同時に、私の「小学一年生」とか「7歳」という概念があたらしくなりました。

昔の子どもや、伝統文化のなかの子どもは、みんなこんなふうに生き生きと働いているのかもしれないですねー。

自分のもってる力を発揮して、大事な役割を果たして、役に立つ、ということは、子どもにとっても、うれしいことなんだろうな。

そしてY君も、きっとふだん家でも信頼されているからこそ、こんなに信頼感のある仕事ぶりなんだろうなー、と思いました。