カテゴリー別アーカイブ: からだとこころ

9/10(土),9/22(木・祝)自分を大切にするコミュニケーション・ワークショップ(アサーティブネスとアレクサンダー・テクニーク)

美野さんと出会ったのは12年前、アレクサンダー・テクニークの生徒さんとしていらしてくださったのがきっかけでした。
しばらくして、一緒にはじめてワークショップをしたのが2006年のこと。美野さんがやっている”アサーティブネス”の手法と、アレクサンダー・テクニークを組み合わせてのワークショップ

初めての試みでしたが、参加者ひとりひとりの現在地と、願いやニーズを大切にしつつ、コミュニケーションにおいての、いつもの反応と、ちょっと違う選択肢を持つ練習が、楽しくできて、喜んでいただけました。

「またやりましょう」と言っていたのに、早いもので2回目の開催まで10年経っていました。
10年後のワークショップ、どんなワークショップになるか、私自身もドキドキ楽しみです。
「自分が本当にどう感じているかを探る時間にしたい」という美野さんの言葉に共感しつつ。

はじめての方も、美野さんまたは私を知っている方も、どうぞお誘い合わせていらしてください。(石井ゆりこ)

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日頃の暮らしの中で、こんな思いをすることはありませんか。

「自分の意見はあるのについ、相手にあわせてしまう」
「断りたくてもノーが言えなくてがまんしてしまう」
「わかってもらおうと強い言い方になり気まずくなってしまう」
「自分の言いたいことがよくわからなくてもやもやしてしまう」
こんな時に、自分も、相手も大切にしながら、さわやかに自分を表現していくことはできないものでしょうか。

職場、家庭、地域で、人間関係に不安や悩みをお持ちの方が多い今、
”アサーティブネス(アサーション)”というコミュニケーションの方法を使って、
自分が本当に言いたいことを率直に伝えて、相手も尊重した話しあいをしていくことを学んでみませんか?
ストレスに強くなり、自信をもって自分らしく生きていく力をもつためにも役に立つと思います。

ワークショップでは、ふだんのコミュニケーションのなかでどんなことが起こっているかを理解し、
簡単なロールプレイをとおして、身近な場面で、今までとは違うコミュニケーションを試してみる時間をとりたいと思います。
(美野直子)

* * * * * * * * *

誰かとコミュニケーションを取ろうとするとき、
相手がどういう出方をするかということばかりに注意が行ってしまったりして、
自分自身を見失ってしまうことはないでしょうか?
言いたいことを言おうとがんばるのだけれど空回りしてしまいそうなとき、
自分の体や、言葉以前のレベルでは何が起こっているでしょうか。

コミュニケーションを取ろうとして緊張してしまうとき、
自分のなかにスペースを見つけることができたら、
いつもと違う選択肢を選んでみる余裕が生まれるかもしれません。
自分自身とのかかわり方が少し変わったら、相手の人との関係も変わるかもしれません。
アレクサンダー・テクニークを、コミュニケーションに応用してみましょう。
(石井ゆりこ)

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9/10(土),9/22(木) 10:30~17:00(お昼休憩あり)
場 所 : 都内…お申し込みの後、ご案内をお送りします。
参加費 : 2日で15000円、1日のみ8500円
事前振込。お申し込み後、お振込先をお知らせします。
定 員 : 12名
講 師 : 美野直子/石井ゆり子
申込み・お問合せ 
yuriko@littlesounds.com (石井)
naokomaysun@gmail.com (美野)
のどちらかへ、以下をお知らせください。
1) お名前 2) お電話番号
3) このワークショップをどちらで知りましたか?
4) その他、参加するにあたって、特に興味があることなど、ご自由にご記入ください。)
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【美野直子さんについて】

シニア産業カウンセラー。カウンセリングオフィスサンシャイン代表

大学学生相談、自治体の女性相談、企業、官庁の健康相談室等で17年間、カウンセラーとして勤務。
家族、職場、人間関係の悩みの相談やストレスからくる不調、うつ、トラウマの回復のメンタルサポートをおこなう
社会教育、病院、企業等でのメンタルヘルスやコミュニケーション等の研修講師の経験も多数かさねる。

<現在> スクールカウンセラー、企業の健康管理センターでの業務とともに、女性と働く人のカウンセリングオフィスサンシャインの代表カウンセラー。
ひとりひとりが自分を大切にしてより自分らしく自由に生きることを願って、「悩みの解決から心の安定、成長」までのフルサポートをめざして活動中です。
HP http://minonaoko.info/

【石井ゆりこについて】
1999年より東京と神奈川を拠点に、個人レッスンや、ワークショップをやっています。
ミュージシャン、ダンサーなどのパフォーマー、肩凝りや腰痛、不眠、あがり症、などに悩む方、
介護職、鍼灸師、整体師などの方などが来られています。
自分の心とからだを自分のものとして取り戻すというテーマに興味があります。ギター弾き語りが趣味。
国立音楽大学非常勤講師。
ウェブサイト:http://www.littlesounds.com
著書『無駄な力がぬけてラクになる介護術』誠文堂新光社、
『演奏者のための はじめてのアレクサンダー・テクニーク』ヤマハ・ミュージック・メディア

 

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心の問題は体とひとつながり。

アレクサンダー・テクニークのレッスンをはじめて受けに来られたKさんが、感想を送ってくださいました。
ブログにシェアしてもいいですかとお聞きしたところ、Kさんは、「私のような一般の人に伝われば幸いだなと思います」とのこと。

確かに、たとえば音楽家のためにアレクサンダー・テクニークが役に立つということはかなり知られるようになってきましたが、それ以外の「一般の方」でもレッスンを受けて大丈夫なのか、不安に思われる方がときどきいらっしゃるようですね。もちろん、一般の方、大歓迎です。

アレクサンダー・テクニークのレッスンはどんな感じなのか、その一端を知る手がかりとして、ご本人の許可を得て掲載させていただきます。

「レッスンありがとうございました。帰り道は一段高いところから行き交う人々を見ているような感じで、視界も思考もクリアになったようでした。

また今日は知人と食事をする機会がありましたが、癖になっていたものすごい相槌が(本当に頭が痛くなるほど振りまくってました)、とてもゆっくりできました。今の自分ものすごく上品で女性らしいかも!と思うほどでした。

今まで、「人と話す時は中心軸を意識して相手に取り込まれないようにしましょう」などというアドバイスを聞いていましたが、いざ対面すると、そんなことできるわけがないという状態でした。ですが、先生に首の動かし方を一回教えていただいただけで、見事に体が覚えてくれたようでした。

今までは体の使い方を知らなかっただけなんだなぁと思いました。

また、頭の本当の動かし方を教えていただいて、疲れた時や鬱々してきた時などにゆっくり回すと、とっても頭が軽くなり、頭の中の重苦しい苦悩も消えていくのがわかりました。
「鬱の時は視野狭窄になっているので、視線をいろいろなところに向けるのがよい」、というのは知っていたのですが、首を締めながらやっても意味を成さないんだなと痛感しました。
体の使い方がわかると自分の体に愛着が湧きますね。」

註)ここでKさんは、「頭の動かし方」と書かれていますが、レッスン未体験の方のために書くと、これは、その動かし方が正しくて、そうじゃないのは間違っている、という意味ではなく、ふだんと違うふうに動かすことができること、たとえば「もっと楽に動かすことが可能だったんだ」ということを体験的に知ることによって、動きの選択肢の引き出しを増やすことができる、そこがポイントです。一見同じ動きであっても、緊張の度合いをより少なくするという選択肢が、あったりするんですね。そしてそれは選択肢なので、いつでも好きなときに選ぶことができるし、選ばない自由も、いつも、あります。
(アレクサンダー・テクニークのレッスンは、特定の動かし方を否定するようなものではないので、ご安心ください。)

自分の体に愛着が湧かれたとのこと、よかったですね!

そして、心の問題は本当に体とひとつながりだと実感します。
体という入口からアプローチすることで、無理なく変化が起こりやすいという場合はけっこうありますね。そのためのヒントを、アレクサンダー・テクニークのレッスンで持ち帰っていただけたら、何よりです。文章を読むだけでは実感するのが難しいことも、体感していただけると思います。

こちらにも、アレクサンダー・テクニーク・レッスンの体験談があります。

そもそも、アレクサンダー・テクニークとは?

石井ゆりこによる東京と神奈川・湘南でのアレクサンダー・テクニーク・個人レッスンのスケジュールはこちらです

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アレクサンダー・テクニークと「性格」

アレクサンダー・テクニークのレッスンを続けている生徒さんに、「『性格だからしょうがない』とあきらめていたことが変わってきた」と言われることがあります。

たとえば、「落ち着かない性格」とか、「堅苦しい性格」とか、、。

アレクサンダー・テクニークをやっていると、変わらないものだと思っていたことが、変わってくることがよくあります。それは身体的な面でもあるし、「性格」と言われるようなメンタルな面でもあります。(体と心は、つながっているので)。

もちろん本質的なその人らしさは変わりません。

むしろ、その人らしさを見えにくくさせていたようなベールを取り除く手助けになります。

そうすると、自分でも忘れていたような自分らしさが、出てきたりすることもあります。

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「性格」と言われるようなことも、自分が何らかの状況に対して、反応する癖、である場合もあります。

アレクサンダー・テクニークはまさに、自分の「反応の癖」を見直すこと、
「いつも、同じように(機械的に)反応してしまう」という癖、から、間を置く、
ということをやります。

それは、体の使い方というレベルでもあるかもしれないし、精神的な反応のしかたでもあるかもしれず、それらは、ひとつながりなのです。

体の使い方であっても、心の癖であっても、
「今までずっとこうだったから、変わらない」というふうに見てしまいがちですが、実はかならずしもそうではないかもしれません。
人間は、つねに微調整して、少しづつ変わりつづけるのが自然な在り方なのです。

少しづつ動きつづける連続性が、長い目で見ると、本質的な変わらなさになる。

でも、よくあるのが、過去には理にかなっていたかもしれないけれど、自分の今には、そぐわないような反応のしかたを、それでも無意識に、機械的にやり続けていて、
それを、「性格だから、変えるのは難しいよね」と、思っているのかもしれない。

実は変えるのが難しいわけではなくて、むしろ変えないでいることのほうに、無意識で努力していることもあるかもしれません。

変わることのほうには、実はあまり努力は必要ないのかもしれません。

まずは自分が、どういう状況で、どんなふうに反応しているのか、ということを、ニュートラルに、そして具体的に観察してみるところからはじめてみましょう。

そのときに、「だから自分はだめだ。いつもこうだから! こんなんじゃだめだ!」
なんて、ダメ出しをする必要はありません。

ダメ出ししたくなっている、自分のなかの批判者には、ちょっと待っていてもらって、

「ああ、自分はこういう状況で、こんなふうに反応してきたんだな。へえ、おもしろいな」
と、そんな感じで、自分の反応を見てあげましょう。

そんなふうに自分の反応を振り返るときに、もし、体のどこかを固めているのに気付いたら、それを、やめて、体全体が、地面にサポートされながら、ありのままの大きさでそこにあるのを思い出しつつ、自分を振り返ってみましょう。

これだけのことでも、けっこうパワフルに作用します。

体への気づきと、心の動きを両方、行ったり来たりしながらでいいので、見てみるとよいです。

自然に変化が起こってきやすくなったり、あるいは逆に、今までのやり方も、悪くないな、と、あらためて実感するということもあるかも?

自分を信頼することにつながっていくワークになると思います。

レッスンでは、体を入口として気づきを深めていく場合が多いですが、それが「その人全体」の気づきにつながっていきます。

 

アレクサンダー・テクニークlittlesoundsでの、アレクサンダー・テクニークのレッスンのスケジュールとお申込みはこちらをご覧ください。

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野口裕介先生のこと

整体協会の野口裕介(ひろすけ)先生が、3日の日に突然亡くなったと聞いて、とても驚きました。

裕介先生は、整体協会の創始者、野口晴哉先生の4人のご子息のひとりで、晴哉先生亡き後、協会本部の講座のほとんどを、裕介先生が教えていました。20代のときから40年間ぐらい、ずっと同じように、本部の畳の部屋に、同じ格好で座って、講座や、個人指導を教えてこられました。

私は裕介先生の個人的な指導を受ける機会はありませんでしたが、
裕介先生は毎月、決まった日に講座をされていて、私は20日に行われる愉気の会に、毎月行っていた時期がありました。(その前に、京都に住んでいたときに月1で毎月9日だったかの連続講座に行ったのが先だったか?)

立派な体格の裕介先生はいつも着物と袴で、会のはじまりには、合掌行気や愉気をみんなで実践する前に、毎回、いろんなエピソードを交えた長いお話をしてくれました。
少し古風だけど誰にでもわかるような言葉で、整体や愉気にかんする考え方を話してくれました。

お話があまりに長くて、それに毎月行っていると同じ話も多くて、気持ち良くなって、つい眠くなってしまうこともありました。でも、油断していると、同じ話がいつの間にか新しい展開になっていたりします。
そして、すごく真面目な人なんだけど、そこはかとないユーモアがあったりします。
たぶんそのユーモアは、人間を見るまなざしのあたたかさから来てたんじゃないかなと思います。

とにかく裕介先生のまわりには、いつも悠久の時間が流れているような感じがしていました。

最近は、20日の愉気の会に行けていなかったけれど、今でも、20日の日に行けば、変わらずお話してくれるように思えてなりません。

裕介先生が毎回のように言われていて、印象に残っているのは、
活元運動と愉気は、誰にでもできるもの。「たしなみ」として覚えておくとよいのです。
という言葉です。

・活元運動=無心になって、出てくる動きにまかせる運動。一人でやるものと、二人組でやる相互運動がある

・愉気=無心になって、相手の人に手をあてる

整体協会、野口晴哉先生、そのご子息というと、世間的には、カリスマ的な治療家というイメージがあるかもしれません。でも実は晴哉先生は、自分のところに来る人が、自分を頼って、「治してもらおう」という態度で来ることを嫌っていた。それは、自分の健康を自分で保とうとしない人を増やしてしまっているのではないか?と、疑問を抱いて、それ以来、自分の仕事は治療ではなく、教育だ、と言うようになったのです。

そうは言っても晴哉先生のお弟子さんには、優れた治療家と言ってもよいような方がたくさんいらっしゃいます。
お弟子さんの先生がされている「個人指導」も、一般的に言うと、治療と区別がつかないかもしれません。

でも、大事なことは、何かしてもらって病気が治ることではなく、自分の健康に自分で責任を持つこと、たとえ病気であっても、病気をかかえながら全生(自分全体で生きるということ)すること。

裕介先生も、そこを、とても大事にして、そういう意味で、「たしなみ」と言われていたのだと思います。
おそらく裕介先生は、専門家を養成することには、あまり興味がなかったのかもしれない。
技術の継承にも、そんなに興味がなかったのかもしれない。
それを、残念だと思っている人もいるのかもしれない。

でも、裕介先生が、晴哉先生から継承して、頑固に、死ぬまで飽きずに伝えてくださったことは、とても大きいことだと思います。

今の時代、からだの専門家がすごくたくさんいます。
私自身、体の専門家、と紹介されることも、たまにあるし、そう言ってしまっても違和感ないのかもしれない。
でも、それは本質的ではない。
からだの専門家は、そのからだを持っている、ひとりひとりの人みんな。
私はそれをサポートするだけ。

同時に、自分自身が全生を生きているかということも、もっとつねに振り返らなきゃな。

それが、技術よりも何よりも大事なこと。

アレクサンダー・テクニークも、治療ではなく教育なのだ、と、創始者のF.Mアレクサンダーも、それを継承してきた先生たちも言い続けてきました。

その「教育」の意味は、なにも知識をたくさん教えることではなく、

その人自身のもっている力があることを自覚させること、
その人自身に、力をお返しすること、
それが、「教育」の意味
だと思います。

あらためて、そこはほんとに大事なことだなと思います。

アレクサンダー・テクニークlittlesoundsのサイトはこちらです。

 

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北島康介選手「頑張りすぎない勇気」

 水泳の北島康介選手が、29歳でロンドンオリンピックに再出場を決めたというニュースを見ました。
 水泳は、引退年齢が若い競技だと言われているらしいのに、すごい!
 以前読んだ、北島選手の著書『前に進むチカラ』という本を読み直してみました。

 北京オリンピックで2度目の金メダルを取ったあと、引退説が流れて、本人も、続けたいのかやめたいのかわからず、休んでアメリカに渡ってからの話からはじまっていて、とても興味深かったです。
 北京オリンピック後、半年は、まったく泳ぐこともしなかったそうです。
 休むことの意義、自分で選択をしなおすことの意義、成功体験を手放して新しいやり方に挑戦することについてなどが、書かれていました。

 この本のなかに、「頑張りすぎない勇気を持つ」という章があります(第6章)。

 長年の習慣であった1日2回の練習を朝の1回だけに減らすことにしたことについてのエピソードが書かれています。

 「気持ちの入らない一万メートルより、気持ちがしっかり乗った五千メートルの方が自分を伸ばしてくれるはずだ。決断には勇気が必要だったが、今の自分を受け入れ、さらに進化するために、過去の習慣へのこだわりを捨てた」。

 「練習時間を半分にしたことが自分の泳ぎにとってマイナスにならないかどうか、最初は不安もあった。しかし気力、体力が充実した状態で泳いでいると、日々自分の進歩を実感することができた。午後の時間帯に自分の泳ぎについて考える余裕ができたことも大きかった。とことん水泳について考えることは、厳しい練習と同じくらいに僕を進化に導いてくれるような気がした。その後、順調に記録が伸び、自分の選んだ道が間違っていないことが確認できた。」

 「僕が気付いたのは、努力とは頑張っている時間だけでは計れないということだ。」

 「勉強でも仕事でもかまわない。一時間頑張らなければならないことがあるとしたら、まずは三十分集中してやってみる。短い時間でも集中して事にあたれば、効果はあるはずだ。」

 「思えば、今僕が前向きに水泳に取り組むことができているのも、北京オリンピック以降の半年間、しっかりと休む時間があったからだ。もしあの頃、誰かに泳ぐように促されたり、自分で無理やりハッパをかけるような形で水泳を再会していたとするならば、途中で泳ぐのがイヤになって、今頃は止めていたかもしれない。頑張らない半年間が僕に新しい道を与えてくれた。思い切って足を止めたことで、前に進もうとする自分の意思が湧いてきたのだ。」

 一流アスリートの北島選手の言葉ですが、アレクサンダー・テクニークの考え方にも、大いに共通するところがあると思います。「やりすぎをやめる」ということは、アレクサンダー・テクニークのなかで大事な考え方です。

 北島選手がこの夏、若さにまかせて力技でやらなくても一流であり続ける姿を見せてくれると思うと、何かロマンを感じます。

 この本のなかにある、北島選手が新しく出会ったデイヴコーチの指導法や人となりも、興味深いです。毎日、練習の方法も時間も違うという話とか。世界的に有名なコーチなのに個人的なコーチフィーのお金を取ろうとしないという話とか。そして最後の章は、仲間がいることの大切さで締めくくられていました。

アレクサンダー・テクニークlittlesoundsでの、アレクサンダー・テクニークのレッスンのスケジュールはこちらをご覧ください。

アレクサンダー・テクニークを体験してみたい方はぜひどうぞ!

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愉気の会~触れることについて(アレクサンダー・テクニークと共通するもの)

整体(野口整体)の、「愉気(ゆき)の会」に、ひさしぶりに参加しました。

整体協会の本部道場がある二子玉川も、何度も通いましたが、ひさしぶりに来てみたら、再開発で大規模に工事中で、全然変わってしまっていました。
でも本部道場が近づくと、変わらない風景です。

講座では最初に野口裕介先生のお話がありました。 註) 野口晴哉先生のご子息のひとりです。
「進化論が正しいかどうかはわかりませんが、そういうひとつの考え方がある」などといいながら、人類のはじまりから、人類が、スピードが出て安定する四足歩行をあきらめてまで、手を使うようになった話、それから、手を使って愉気をする話になるという、壮大な話を、いろいろ脱線しながらされて、おもしろかったです。

それから全員で円を作って、手をつないで気をあわせ、手の感覚をとりもどす。そして、脊椎行気(=背骨に気を通すこと)、二人組みで、ひとりが寝て、背中に愉気 という流れは、何年も変わらずいつも同じです。その後やることは、季節にあわせて変わります。先日の会では、横向きになって股関節の愉気をやりました。

愉気の会は、最初は子どもをもつお母さん向けにということではじまった講座だそうです。専門家向けではなく、一般の人向けの講座です。(整体協会のメインは、そういう講座なのです。)でも、一方的にしてあげるのではなく、手をあててあげて、手をあててもらって、「お互いに」、というところがポイントになっています。

私はこの講座が大好きで、何年も来ています。(最近は少し間が空いてしまいましたが)。どこが好きかというと、シンプルで、「ただポカーンとすればいい」ところ。

そうなのです。「ポカーンとする」のが一番大事だと、講座では言われるのです。
「具合が悪そうなので直してあげたい」と、一生懸命になってしまうと、「心配の気」を愉気(=気を送ること)してしまうので、よくないのだそうです。

でも「ポカーンとする」(無心になる、ともいいますね)は、なかなか難しいときもあるので、円を作って手をつないだり、脊椎行気をしたりしてからはじめます。すべて簡単なことなので、家でも誰でもできます。でも、会に参加してみなさんとやると、やはり、やりやすいので、私はなるべく定期的に(といかないことも多いのですが)通うようにしています。

人の体に手をあてるとなると、「どこにに手をあてたらいいのか?」ということが、気になりますが、それもあまり気にしなくていいといわれます。一応、効果的な場所は先生は知っているし、教えてもくれるのですが、一番大事なことは場所ではないといわれます。場所があるとすれば「つい、手がそこにいってしまう」場所がよい、というのです。
そういうふうに、本能というか、「勘」「感覚」というか、そういうものを大事にすることを教えられます。

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私にとってはアレクサンダー・テクニークで生徒さんに触れるときも、それと同じ感覚です。アレクサンダー・テクニークでは、「本能」というような言葉は使いませんが、どこに触れてもその人全体に触れているのだから場所は問題でなく、一番大事なのは、「あなた自身の自分の使い方」だ、と言います。

言い方は違いますが、だいたい同じことだな、と私は感じます。

逆に、たとえば首であるとか、ある一箇所が気になって、そこだけに教師の意識がいってしまうと、教師自身の意識の範囲が狭まってしまって、触れられても心地よくないし、変化も起こりにくくなってしまうのです。だから、首に触れるにしても、その人全体を思うことが大事なのです。

これは、自分で自分にワークするときも同じです。体の一部分だけに意識を集中させないことが大事なのです。

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愉気の会がおわったら、頭も体も全体的にすっきりして、また、股関節の愉気もしてもらったので、股関節も動きやすくなりました。最近、スポーツ車タイプの自転車をまたぐときに、足をあげにくいと感じることがあったのですが、それもなくなっていました。

股関節の愉気は、今の季節(2月ごろ)に、小水が近くなるというような症状にも、よいようです。あわせて、水をよく飲むことも勧められました。(ガブガブ飲むのではなく、ちびちび、少しづつ飲むのがよいそうです。)

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このように、愉気というのは効果もあるし、とてもよいものなのですが、それとは別に整体操法というのが、整体協会では、あります。整体操法は、治療という言葉は使っていないけれど、手での施術を使って、体を整える、治療的なものです。いわゆる「整体」といって多くの人がイメージするような、先生にやってもらうものです。

でも治療という言葉を使わないのは、あくまで、自分で自分の体を整えることが主で、そのために愉気や、活元運動があって、それの補助として、整体操法がある、という考え方だからということです。

(この考え方も、アレクサンダー・テクニークと共通しています。アレクサンダー・テクニークでも、教師がハンズ・オンしながら教えるのは、あくまで「教育」だといいます。自分の使い方を学ぶためのひとつの手段なのです。ただ、アレクサンダー・テクニークには、愉気や活元運動にあたるものは、ないかな?)

さて、あるとき、愉気の会で、愉気はしろうとにこそできるもの、という裕介先生のお話があったことがありました。
それはなぜかというと、「愉気は時間がかかりすぎるから」ということでした。

その人そのときの状況によって、どのくらいの時間で終わるかわからない。早く済むjこともあるけれど、えんえんと、時間がかかることもある。それを、時間を気にしないで待つ覚悟がなくてはいけない。
それは、専門家にはできないことだ。専門家は、一日何人もの人を見なければならないし、時間を気にしないでやるわけにはいかない。ということでした。

なるほど!!と思いました。

そう考えると、愉気はとてもぜいたくなものです。
そして、専門家には専門家にしかできないことがあるのと同時に、
しろうとにしかできないこともあって、
それはどっちが優れているとか、そういうことではないのだな、
ということが、わかったのでした。

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愉気については、整体協会の直営の書店である、全生社から、『愉気法1』『愉気法2』という本も出ています。なかなか、よい本です。

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ヨガ&ジュース断食、その後

こんにちは、

今、ニューヨークに来ています。
そのことも、書きたいのですが、
断食のことについて、もう少し書いておきたい気もするので、ますそのことを。。

断食の効果は、次の日になって感じました。
なんだか朝の目覚めがよく、朝のうちにいろんな用事を済ませることができました。(ここのところ、寒いのを言い訳に、なかなかできなかったことです。)

ワークショップのときに、午前中はあまりたくさん食べないほうが消化のメカニズムにとっては、いい、と聞いて、実践してみることにしました。朝は果物だけにしてみました。

お昼は、生のかぶ(←きのう鎌倉の市場で買ってきた地場野菜)にみそをつけたのと、ブロッコリーをゆでたのを食べて、ふきのとうパスタとお味噌汁です。

夕方になって仕事中、空腹を感じたけれど、空腹を味わいつつやりすごします。いつもなら晩御飯まで待てずにおやつを食べてしまうところだけれど、大丈夫。

レッスンの調子は、なんだかいい気がします。
アレクサンダー・テクニークのレッスン、自分ではいつもそれなりの意識でやっているつもりではいても、実は体調に左右されているのかもしれません。っていうか、当然そうですよね。
自分の使い方の質も変わってくるし、出てくる言葉や、コミュニケーションの質にも影響がありますよね。

それともう一つ、大きなことは、
ここしばらく、何かを決断するときにすごく迷ってなかなか決められなかったり、ささいなことで不安になったり、ということが続いていたのです。それに、今ひとつ前向きな気持ちがわいてこなかったり。。

冬になって日照が少なくなるとなる、冬季鬱っていうのがあるというけれど、私もちょっとだけ、それになったかなあ、あるいは引越しの疲れかなあ、などなどと、ちょっと思っていたのです。

それが、断食のあと、ささいなことは、ぱぱっと決められたり、少しうまくいかなくても、「ま、そういうこともあるよね、あはは」という気持ちになれているのに気がつき、
ちょっとしたことだけど、私にとっては大きな変化だったな。

やっぱり、消化にエネルギーが使われすぎて、頭のほうに回っていなかったんだろうな。最近たしかに、食べすぎが続いていたからなあ。

それで、朝はできれば果物だけにして、全体的に腹八分目にして、空腹の快感をときどき味わう、ということを、続けることにしました。

3日後にはアメリカに行くので、そうなると時差とかいろいろあるので、少し変わってしまうかもしれないけれどね。
でも今から気をつけていたら、時差に慣れるためにもいいかも?

アレクサンダー・テクニークは、やりすぎを少なくすることでもあるし、習慣を見直して、不必要な習慣を変えることでもあるんだけれど、食べる習慣って、ほんとに大きな習慣です。
断食は私にとって、それを見直すいいきっかけになったな。
気づいてはいたのだけれど、なかなか変えることができなかったから、思い切ってそういう時間をとって、やってよかったです。

次はアメリカ滞在のことを書けたらと思います。

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ヨガ&ジュース断食、二日目

 ヨガ&ジュース断食、予告編
ヨガ&ジュース断食、一日目l

・・・からの続きです。

きのうの夜は何度も起きたりして、ちょっとしんどかったが、朝になっ
て外が明るくなると、元気が出てくる(とはいっても、相変わらずの雨
降りだが)。多少、体力が落ちてる気はするが元気。ゆっくり歩いて、
今日も電車で葉山へ。

会場の、ヨガの先生Etsukoさんのお宅で2回目のジュース。今日はキャベツ、セロリ、しょうがとレモンをジューサーに。すごくきれいな緑色のジュース! 今日もおいしい。

胃がジュースを消化している間、おしゃべり。
「人間がつねに満腹するようになったのは、人類の長い歴史のなかでは
ほんの短い期間でしかないそうですよ」。
狩猟、採集をして暮らしていたころは、お腹が空いたら狩りに出かけ、
お腹が空いているときには本能的に感覚が鋭敏になる。
酵素のお話も。

ジュースが消化されるのを待って、ヨガ。
今日は太陽神を崇拝するヨガからはじまって、きのうより少しアクティブな動き。
ヨガをやったらますます空腹を感じない。

そうこうしているうちにお昼の時間になって、
「おめでとうございます!断食開けのおかゆの時間ですよ」
外の畑から野菜をとってくる。
とれたてのかぶを生で、自家製味噌と一緒にいただく。
ブロッコリーはさっと茹でていただく。
それから、おかゆ。梅干しやふきのつくだにと一緒に。

おいしい!
でも意外とあっけなく終わったなという感想。
はじまる前は絶対無理だと思っていたけれど、
そんなに大変じゃなかったな。

言ってみれば最初の朝から昼までがいちばん大変だった。
最初の空腹感をやりすごして、空腹の快感を感じるまでになったら、あ
とはその流れで行けた。
あとは、夜中がちょっとしんどかったかな。
「精神的なこともあるかもしれませんね。はじめてやることだから、ど
うなっちゃうんだろう?という不安もあるだろうしね。」
たしかにそうだな。

デザートに、きのうのにんじんジュースの残りの繊維部分を使った、マクロビにんじんケーキ。すごくおいしい!

Etsukoさんのお宅を出て、雨降りで寒かったけれど、少し散歩して帰る。
夜は家で、玄米ご飯と、根菜いっぱいの味噌汁と、切り干し大根を食べる。おいしいなあ。

夜になると、最近はすぐ、へろへろに眠くなってしまったのだが、この日はなんだか頭が冴えていて、夜遅くまでいろんな用事がはかどった。私にしては遅く、2時ごろに、活元運動して寝る。

うんなんだか、始める前は、「ほんとに私にできるのかなあ?大丈夫かなあ?」と思っていたのだが、やってみたら、わりとあっけなくできちゃったな。Etsukoさんやパートナーの応援のおかげですが。

とにかくおめでとう自分)^o^(

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ヨガ&ジュース断食、一日目

土曜日の朝からはじまりです。集合は午後4時なのですが、朝から断食ははじまります。でも体調が心配な人は無添加のジュースは飲んでいいとのこと。(生の果物だと繊維が入っているので、消化の負担のないジュースがいい)。相方がこの日のために自然食品屋さんでジュースをいくつか買ってきてくれていた。トマトジュースをいただく。

10時からレッスンのお仕事をひとつ。食べないでもなんとか無事できた。生徒さんにも発見があるレッスンだったようでうれしい。

レッスンが終わって11時ごろ、うわー、だめかも、と思う。トマトジュースの残りをいただく。しばらくすると大丈夫になってくる。メール書きなどする。うん、十分に集中できて、英語のメールだって書けちゃう。

2時半ごろ家を出て、電車で葉山へ。
ちょっとぼーっとしてる気もするけど、空腹感は感じなくなってきた。
駅の売店を見ても、特に誘惑を感じない。(ふだんなら、チョコレート
などすぐ買ってしまうのに)。

会場であるヨガの先生、Etsukoさんの家について、体調を聞かれたり、少しお話をしてから、ヨガのセッション。ゆっくりのペースで、特に骨盤や股関節まわりがゆるむようなヨガだった。今の私にすごく必要がある動きを誘導してもらった感じ。私は骨盤や股関節は固いので体を曲げたりするのはほんの少ししか曲げられないのだけれど、それは全然気にしなくていいと言ってくれた。先生と同じ形のポーズを目指す必要はなく、自分でそこが動いている感覚があればいい。

ヨガをやっていたら汗ばんできて、なんだか元気が出てきた。空腹はますます感じない。

それから、ジュースをいただく。繊維とジュースを分けてくれる低回転
のジューサーに、地元産のにんじんと、りんご、しょうが、レモンをい
れてジュースにする。きれいな色。飲んでみたらすごく甘くておいし
い! 私は野菜ジュースって癖があってあんまり好きじゃなかったのだ
けれど、このジュースはえぐみや苦みが全然なくて、とてもおいしかっ
た!

そして帰宅。今日は相方が夜中まで帰らないので、猫と二人。いつもだ
と、一人で暇だとよけいに食べてしまうのだけど。。でも空腹感は感じ
ないというか、空腹が快感になってきた。ただ少し頭が痛いかも。低血
糖になると少し頭が痛くなる人もいると聞いた。それかな?でも大した
ことはない。なにも食べずに、ちょっとネットサーフィンなどをしてか
ら、10時ごろ寝る。

夜中何度か目が覚めた。何度めかに目が覚めたとき、頭が痛い。「そう
いうときは蜂蜜をなめてください」と言われたのを思いだして、蜂蜜を
なめて寝る。相方は隣で熟睡してる。少し寝てもう一度起きてもう一度蜂蜜をなめて、また寝る。うつらうつらして、8時ごろ目が覚めた。

(つづきます)

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ヨガ、ジュース、断食(予告編)

ヨガ&ジュース断食というものをやってみた。

断食って私には絶対無理だと思っていた。三度三度、きちんと食事を食
べない日なんて年に1回あるかないかぐらいだし、食事のあいだのおや
つを食べない日ですら珍しい。食べることがほんとに大好きなのです。

でも整体の先生や中国医学の先生に見てもらうと、「食べる量を減らし
てみるといいですよ」とかならず言われる。
そんなに太る体質ではないかわりに、食べすぎると胃の負担になってし
まう体質なんですね。で、先生にそう言われたり、よっぽどしんどいと
きは食べるのを減らすのだけど、また少しよくなると、元に戻ってしま
う。それはほんとはよくないなあとは思っていた。

それに最近、食べることをほんとうに味わって楽しんでいるというより、なんだか惰性で食べている時間が多いような気もするのだ。

少し前に友人が病気をきっかけに定期的な断食をはじめて、なんだ
かよさそうだった。食べるのを少し減らすのより、思い切って断食、と
いうのも、私にはいいかも?と思った。

でも一人では絶対無理なので、道場、ではないのだけれど、ヨガの先生
を中心にワークショップ的にやってるところを見つけた。

説明を聞きにいったら、なんだかストイックな雰囲気がなくて、楽しそ
うだった。「もともと食べることが好きなんです。食べることをもっと
味わいたいし、断食をして、感覚が鋭敏になるのも楽しみたい」という
ようなことを言われていた。

期間も一日半で、一日半の断食の合間にとれたて野菜の、しぼりたてジュースを2回飲む。そしてヨガを2セッション。二日目のお昼の断食明けには、とれたて野菜とおかゆをいただく。というプログラムです。

(つづきます)

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